ENo.0101　ベティ・ヴィーナス

　マーカス・グレイシー。
　アイスブルーの髪、光が差し込まないほど真っ黒な瞳。
　私がこの世界に迷い込んだ同時期にデビューし、そこからすぐある放送局にスカウトされ、そこでアリーナバトルの選手として着々と実力と人気を上げていったライダー。
　中二脚の格闘型ウォーハイドラ『ルーキフェル』に乗り、相手を圧倒的な力量で押し潰す。
　頭の回転が早く、先輩への態度も良好。人を惹き付ける、ある種のカリスマ性をも見せる。
　だが人当たりの良い一面の裏に毒牙のような野心を隠し持っており、残酷で暴力的な一面が露わになることも。
　そのせいで憧れと共に畏怖に似た感情を抱かれやすいのだが、彼はそれをファンの応援だと解釈しており、不思議なことにその期待に必ず応えてくれる。
　仲間やファンが崇め奉るように彼を称えれば、必ず明星のように輝くのだ。

　新しい配属先での初めての任務。賭けの対象としての戦い――
　今まで受けたことのない内容に戸惑った私は、真っ先にマーカスのことを思い出した。
　彼は賭博としてはなく、ただ単純に興行として執り行われているウォーハイドラ同士の戦いに身を投じていた。私も何回か彼の戦いを見に行き、その手加減を知らない姿に勇気付けられた。

　彼にはサリー・ハイズマンという女のバディがいる。あの射撃型の機体をいきなり後方支援型に変えた友人だ。
　サリーはかつてラモラック社と契約していた時期があり、それがきっかけで今でも私とは良好な関係を気付いている。
　ふとある日自分がマーカスのファンであることを告げ、当時落ちぶれていたマーカスが見るだけで辛いということを愚痴ると、サリーは笑顔でこう返した。

「あいつは戦いから離れてはいるけど……ハイドラへの情熱は失っていない。それに、一番嬉しい顔をするのは敵機に攻撃してるときだったから。今の生活がつまんなくなったらまた戻ってくるんじゃない？　あたしから呼び掛けてみよっか、マーカスの戦いが見たい知り合いがいる、って？」

　この一言がきっかけだったのだろうか、マーカスとサリーのペアは勢いを取り戻し、急成長を迎えた。
　――だが、そんな素晴らしい結果も長くは保たなかった。

　今私は、マーカスから呼び出しを受け、とある喫茶店で共に向かい合っている。
　憧れのライダーと二人きりというシチュエーションは、彼のファンでなくとも興奮してしまうだろう。
　事実、私も緊張を抑えきれなかった。二人分のコーヒーを頼むと、マーカスは前置きをせずにこう告げた。

「俺はサリーとのバディを解消することにした」

　彼から白刃と呼ばれている休憩所の代表者になることを勧められたのも、この日だった。