ENo.0293　シンナガ　サブロウタ　シキダ

　　シンナガは瞑想に耽っていた。
　自らがここへ流れ着いてしばらくの時が流れた。
　その間も霧戦争に身を投じ、最前線で戦いを続けた。

　
　　そうして、ついに自らの機体は斃され、擱座した。
　まさに幸運であった。破片が弾け飛びこそしたもののかすり傷で済んだ。
　目覚めた時には自らのサブンジも修理を終えていた。
　

　　所属するチアーズには何度も礼をしたのちに自室へと戻った。
　心の中で笑った。なんと愉快な状況だろうか、と。
　ここに来る前の自分は大きな軍閥の統領であった。
　諸軍閥の閉廷も目に見えたというのに、大敗した。


　　そうして今、一足軽として戦場にいる。
　ただただ個人として頭を下げ、個人として一人過ごしている。
　このような人生が訪れようとは夢にも思わなかった。
　故郷に思いを馳せることもあったが、ここは遠く彼方の地。
　
　　　
　　故郷が今どうなっているかなど、知る術はなかった。
　戻って果たしたい責任もあるというのに現実は非常である。


　　シンナガはここに来る前、霧に迷っていた。
　決戦で敗退して、その敗走の最中であった。父親の切腹するのを看取り乗機を駆って動き出した直後のことだ。


　　その中で一つの声を聴いた。あるいは誰かに出会ったような気もする。
　

　　「声」はこう説いた。この霧戦争の地に「悪夢」がやってくるのだと。
　シンナガは、その「悪夢」を打ち払う資格を得た戦士なのだと。
　

　　何の冗談か、と笑いとばした。
　まやかしの類であろうか、相当疲れているのだなとその時は思った。
　しかし、今となっては笑えない。
　

　　現実に従えてた兵は消え、住んでいた場所とは異なる場所にいる。
　文化も違えば食うものも違う。会わない食事に何度渋い顔をしたかも数えきれない。
　そんな現実を受け入れるのでこれまでは精一杯だった。


　　だが、先日の撃墜で目は覚めた。
　「悪夢」とやらがなんであるか分からないが、少なくとも戦う機会は与えられた。
　打ち倒した暁には温床として群島に帰れるやもしれぬ、と考えた。
　だからこそ、日出ずる群島の、日ノ本の武士（もののふ）として、恥じ入るような真似はすまい。


　　彼は、そう決意して、目をあけた。
　珍しく霧が晴れ、僅かばかりの陽が窓から差し込んでいた。

《了》

生き残った者達へ。
これから往く者達へ。
私たちは歌おう、今日この日があることを。
私たちは祝おう、今日この身があることを。

全ての生きとし生けるもの達へ。
健やかに、でもなく。末永く、でもなく。
ただただ只管満足な生と、満足な死が迎えられるように。

乾杯。