ENo.0160　ルーゼンエッタ

　控えめなエラー音が格納庫に響く。
　何度目かになるその音にウォルナードは天井を仰いだ。
「どうしたの？　さっきからエラーばかりじゃない」
「元々マリア＝ローザは気難しいやつなんだよ」
「そう？　私にはエラーなんて出すのは“一つ”しか無いけれど」
　起動後にたった一言ポップアップされるエラーメッセージはウォルナードも把握している。
　“私は貴女を裏切らない”
　まるで残り香のように吐き出されるエラーメッセージの意味をウォルナードは知らないが、それがルーゼンエッタの中の何かを奮い立たせ、この戦場にいる意味を見出させている――それは理解している。
　別にそれが余計なことだと言うつもりはない。何を拠り所にするかはその人の自由であったし、誰かがとやかくいうことでもないのも解っているつもりだ。そもそも、18歳の少女が何も拠り所を持たないほうがよっぽど気持ちが悪い。
「さいですか」
　なのでウォルナードは一言だけそう答えると、もう一度コマンドを確認し、打ち込み直す。別に難しいことをしているわけではない、それは簡単なことのはずだった。
　まずは死亡許容にすることを試みた――それはあっさりとマリア＝ローザに拒否され、“コマンドが無効です”とエラーメッセージを吐き出させるだけだった。次に試みたのは、もう少し消極的な――機体の設定を搭乗者優先から機体優先にすることだったが、それもエラーがでてしまって設定できない。最後に幾つかの細かい設定を変更して似たような設定にすることを試みたが、通ったのは半分以下だ。後はエラーで弾かれてしまう。
「誰の答えなのかねぇ」
　“ロン”の答えなのか、それとも“彼女”の答えなのか。そもそもこのAI――マリア＝ローザには感情や意思と呼ぶべきものは消去されているはずなのに。
　今のウォルナードの仕事はマリア＝ローザの整備とともにその搭乗者――ルーゼンエッタを“消極的に”殺すことだ。別に直接殺さなくてもいい、そもそもウォルナードは殺し合いではルーゼンエッタに勝ち目はない。あくまで機体の設定をいじり、たまたま運悪く、ルーゼンエッタが死亡するのが理想的だ。
　――言ってしまえばその程度なのだ。
　積極的に殺す必要はなく、最悪この戦争が終わるまで生き残っていても構わない――自分が所属していた組織にとってルーゼンエッタはその程度のモノだ。必要なデータは揃った、ならば破棄できるものなら破棄してしまおう、その位にしか思われていない。
　それに同情心はない。
　興味も特にない。
「そんなので整備は大丈夫なの？　ウォルおじ様」
　何度目かになるエラー音に、外装を磨いていたルーゼンエッタが眉を寄せて尋ねてくる。
　この少女が心配しているのは整備不良で起こる自分への不利益ではなく、あくまでこの機体の不調である。
　――――――なんとなく、察してはいる。
　この少女は、ルーゼンエッタは実際の所、自分自身への興味が酷く薄いのだ。
　自分自身を大切にする、ということを知らないのだろう。
　かと言って何かをするでもなく、してやりたいと思うわけでもない。
「あ？　お気に入りの機体を万全に仕上げないわけがないだろ」
「それもそうね。ウォルおじ様を信用信頼するのは愚の骨頂と解っているけれど、その腕だけは信頼してるわ」
「そりゃどうも」
　何時もの憎まれ口に慣れた口調で返すと、マリア＝ローザを見つめる。
　マリア＝ローザは、ウォルナードに何も答えてくれない。



8/答えはなく

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