ENo.0076　マリエッタ

『……マリーは、もっと自分を大切にしてもいいと思うんだよ。』


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先日の戦で損傷したハイドラの修復と整備を終えた僕は、その鉄の巨躯の横に腰を下ろした。
機械油と埃や泥の付いた手を適当な布で拭えば、水筒を口に付け水分を補給する。

「……本当に、よく毎回生きてるもんだね。」

一体いつになったら死ぬのやら。
自分でも呆れるくらいに悪運は強いらしい。

「そういえば……」

『マリーは、もっと自分を大切にしてもいいと思うんだよ。いつもマリーが“そういう仕事”を率先して
してくれるのは皆にとっては有り難い事だと思うけど。』

昔聞いた、そんな母の言葉をふと思い出して。
そうして連鎖的に先日あいつから聞いた話も思い出す。

『上層部から依頼があれば何でもしたなァ』

瞬時に察した。
……ああ。理由はどうあれ、こいつも僕と“似たような事”をしていた、って。
意外だった。
レナは粗野ではあるが、僕の様な“影”の部分があるなんて思っても居なかった。
あの明るさと真直さから連想した僕の勝手な人物像だったのだけれど、それはどうやら違っていたようで。
己の分析の衰えに落胆すると同時に、不謹慎にももしや“僕”を知られても離れていってしまう心配などないのでは？
などと都合の良い思考に至る。

「……話して、みようか。」

いつまでも黙っておけば当たり障りなく“迎えるその時”まで共にいられるだろうに。
どうしてこんな僕らしくない。
話の流れとはいえあいつだって言わずに黙って置く事だって出来ただろう。
いくら馬鹿でも『依頼があれば何でもした』なんて言わずに話を切り上げる事くらい容易だろう。
だというのに、事実を口にしたんだ、あいつは。それが至極単純な理由だと想定しても

「話してくれるなんてさ、期待しちゃうじゃないか。」

らしくない。本当に。あいつが、レナが絡むと本当に僕は途端に僕らしさを失う。
もし、話したとて後悔は？
……きっと、する。
確証はないよ？それでも、言うつもり？
……それでも。
言わぬ方がリスクもない。今まで通り共に居られる。それでも。

「……僕の“すべて”を知った上で傍に居て貰いたい、なんて……――」

ああ、なんて、自己都合。なんて、貪欲なのだろう。


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どれだけそうして巨躯の傍らに座っていただろうか。地の冷たさが身体全体に伝わり、整備で上昇した体温はすっかり冷えていた。
気が付けば日は沈みかけ、逆光の中、遠くの方に見覚えのある影がこちらに向かって大きく手を振る。

「おーい、エッタちゃーん。そろそろメシにしようぜー！」

立ち上がれば、身体に付いた砂埃を払う。
夕日が眩しくて目を細め乍らも、その姿に小さく笑みを浮かべて僕は歩き出す。
一歩、近づくごとに、一歩、距離が縮まる未来が。
また一歩、近づくごとに、一歩、離れる未来が。
葛藤と不安と。それでも知って貰いたい、そんな気持ちと。
僕はきっと今、凄く、凄く、情けない変な顔で。
そんなの俺様の知るエッタちゃんじゃない、と言われそうな程に、きっと、らしくない表情と態度で。

「レナ、お前に聞いて貰いたい話があるんだ。」

歩み寄る為の、一歩を踏み出した。


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「あの、さ。くだらない話なんだけど……。くだらない昔話、だけど、大切な昔話。」
僕も、お前と一緒だ。“何でも”してきた。
「ええと、だからどうした、って話なんだけどさ。レナは……それでも……。」
平気で僕の傍に居られるかい？
「……いや、それでも、僕と一緒に居てくれるのかい？」
今、言っておかないと、聞いておかないと、いつか後悔するような気がしたから。

　　　　　「……今だけ、素直になる。こんな僕だけれど、見捨てないで、レナ。」