ENo.0076　マリエッタ

ノエルが僕の後を追ってきてはや数日。
相変わらず僕の周りは騒がしい。

「ふあ……。」

整備の合間に小さく欠伸。
欠伸と同時に出る涙で視界が歪む。
口元に当てた手を目に持っていき、涙を拭う。

「マリエッタ嬢！！寝不足ですか！！よくありません、よくありませんねええ！！！」

「……うるさい。」

☆+☆+☆+☆+☆+☆+☆+☆+☆

ざっくり見た感じで損傷個所は大体修理完了。
最後にハイドラをぽんぽんと叩き

「ご苦労様。……次の戦場も頼むよ。」

目を閉じて鉄の巨躯に額をこつん、とつける。
無機質で硬く、冷たい感触。
戦場を共にする愛機にやや暫くそうして、ゆるりと目を開ける。

「マリエッタ嬢――――！！休憩にしましょう休憩に！！さささ、僕が真心こめてつｋ」

僕の胸へ飛び込まんと超高速で飛んでくる魔蝙蝠のノエルを僕は
鷲掴んでキャッチ、大きく振りかぶり、ぶん投げた。

「……全く。酷いではありませんか。僕はただ休憩にしましょう、と声を掛けただけなのに……。」
「嘘吐くんじゃないよ。」

ノエルは肩をすくめ、溜息を吐き、それから紅茶の入ったマグカップを手渡してくる。
僕の好きなアールグレイの香りだ。
それを両手で受け取り、ふうふうと少し冷ましながら飲む。


「……マリエッタ嬢、ちゃんと休めていますか？顔色がよろしくない。」
「君が思っている以上には休んでるさ。」
「嘘はよろしくない。血、足りていますか？」

……何かのキャッチフレーズかよ。
そうツッコみたくなる台詞をキメ顔で言うこいつの頬を平手打ちしたいという気持ちに駆り立てられるのはなんでだろう。
それはともかく。

「君に心配されるほどじゃあないさ。ここに来る前に代わりになるものは頂いてきた。」

生身で戦っているわけでもないし、今の所致命傷も負わずに帰還出来ている。
失う事も無ければ、多少補給するだけで全然大丈夫。のはず。

「ああ、本当に面倒臭い体質の一族だねぇ。」

血を定期的に摂取しないと衰弱するなんて、どこの神サマが何の為に生み出したんだ。
全く面倒臭い……。そんな事を思い乍ら、また欠伸を一つ。

「少し休んでは如何です？」

「………、戻らないと。」

何だか口を開けるのもしんどくなってきて。
……これは本格的にまずいな。眠すぎる。

……ノエル、悪いけど少し見張っていてくれないか。
言葉の代わりに、見上げて目線で訴える。

ノエルが何かを言っている気がするんだけれど、何を言っているのか頭に入って来なかった。
近くの鉄の残骸にもたれ掛かって、すぐさま目を閉じてしまった。


☆+☆+☆+☆+☆+☆+☆+☆+☆

「……さすが吸血一族。薬系統の効きが半端ないですね。にしても、単なる睡眠薬とはいえ、警戒もせず飲んでくれて結構。」

「本当ならば、弟君が望むままに二度とこんな危険なモノに乗せずにこのまま連れ帰ってしまいたい所……ですが。」

鉄塊にもたれ掛かって眠っているその姿の前でしゃがみ込んで。オリーブの髪を数度撫でる。
全く起きる気配が無い。……これでいい。

「僕は貴方の味方です。」

こうでもしないと貴方はしっかり休みませんから。
時間が勿体ない、と無茶ばかりするのですから。

薬の効いている今くらいは、ゆっくりとおやすみなさい、愛しいマリエッタ。