ENo.0328　"Canary"

"Canary"は悲鳴を上げていた。
無理にブースターを乗せたのが原因なのは明らかで、
跳ね回る機体を抑えて飛び続けるのがせいぜい、
索敵すらまともにできずに戦闘を終えた。

機動力だけを上げたところで、それを御する何もかもが足りなかった。
けれど何もかもがあと少しで、手の届くところにある感触はあった。
それが錯覚かどうかは今後のミッションで確かめるほかない。

あれはいつの戦場だったか、ブースターを多数積んだハイドラが、
ENの光を瞬かせながら高く高く跳ぶのを見た。
ハイドラが安定して飛行できる高度のさらに上、ほんの一瞬の夢。
あの空からの景色を羨むことも夢見ることもないではない。
それでもわたしは"跳ぶ"のではなく"飛ぶ"のだ。

「よう、うまくいったかい？」

整備士から音声通信が入る。不機嫌を隠そうともしない太い声。

「残念ながら。戻っていい？」

「こっちは問題ねぇ。いつもどおりだ。掃除も終わってるとよ」

口の端をゆがめた浅黒い顔が目に浮かぶ。
いわんこっちゃねえ、無駄なことを、とでも言いたげに。
それでも彼は"Canary"のアセンブルに口出しはしない。
実際に顔を合わせれば、報酬が目減りすることに文句を言われるくらいだろう。

それに、彼の不満が増すだろう材料がもうひとつあった。
今日のミッションでは、新しい戦闘システムの実戦投入にあたり、
死の危険性が高い作戦行動は認められなかった。
もちろんその分の手当もなし――これから予想される会話にため息が出る。
けれどその程度で優秀な整備士を雇えるなら安いものだ。

"Canary"は飛行するウォーハイドラだ。
飛び続けるにはどうしても専門の人手がいるし、
補給や整備のために地上に降りなければならない。
次の空をできるだけ長く高く飛ぶために。

次のミッションからはまた以前と変わらない報酬が出るだろう。
今度は"Canary"ではなくわたしが試される番だ。
しくじれば死が待っている。そう、いつもどおりに。

現在地を確認したところで、帰投の道のりのほとんどを雑念で台無しにしたと気づいた。
敵にも味方にも煩わされることなく霧の空をただ飛ぶだけの時間は、
いつも身体が空に溶けるような不思議な安らぎに包まれていた。
命がけの緊張から解放された安堵でないことは今日でよく分かった。

このまま飛び続けられるのならば。ふと考える。
薄暗い格納庫に背を向け、ひとの街からどこまでも離れて、
地上に降りることもなく、故に次の空を渇望することもなく、
白い霧の先の、はるか遠い空の、どこかにあるわたしの――

「いいえ――違う」

咄嗟に口をついて出た否定の意味を確かめる間もなく、
霧の奥から街の明かりが浮かび上がってきていた。

たとえば、帰り道を見失った山中の崖から。
あるいは、あたたかなベッドで不思議な夢を見ながら。
もしくは、道路を走るトラックの前から。

自身が望むと望まざるとにかかわらず、
残存領域に入り込んでしまった子供たち。

彼らのほとんどは身寄りもなく、
何の後ろ盾もないまま霧深い戦場を彷徨う。

彼らが還る場所はもう、霧の中にしかない。