ENo.0303　insanely

壊れたレコードプレイヤーのようなラジオに顔を顰めた男は、作業の手を止めて端末への着信を確認した。
再生されるメフィルクライアと、知らない連中の声。
耳慣れない単語と、眩暈のするようなかみ合わないやり取り。

なるほど、確かに霊障という言葉は便利だ。知られるのも困るような存在であっても、霊障の仕業にしてしまえばいい。
戦場一帯の電磁波を激しく増減させるような兵器なんてものがあったら、まともな神経の持ち主なら腰を抜かして逃げ出すだろうさ。
推測に過ぎんがね。自らに言い含めるように呟いた男は、硬い指先で頭を掻きながらティーサーバーからハーブティを注いで呷った。


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経過報告。

添付ファイルにある通りだ。
ブライトネイルは一線で充分戦えるだけの性能を示している。
無論市井に付いてく形で要所要所の更新は必要だろうが、拡張性に問題が無いことは作った君自身わかっているだろう。
HCSのアップデートとかいうのが挟まったので、そのデータも送っておく。勿論別便でだ。俺にとっては劇的な内容とも言いがたかったが、リー・インにとってはありがたいことこの上無いような代物だ。つまり、素人サンにも優しい内容。こんな戦争が楽になっちゃあ、いよいよ物量こそがモノを言う世界になりそうで参るね。

で、本題だ。
汎用試作機ブライトネイルの試用運転は暫く中止する。
あのミスト・アヴェンジャーⅡと出処が同じ技術を敵に投入された。
断片的な通信の内容による判断で保証はできないが、まあ、酷いことになると見ておくべきだろう。
安全第一でテストなんかしてりゃあ、大勢死ぬ。帰り道も撃たれる羽目になりかねん。

そういう訳で、UNLEASHEDFIREを使わせてもらう。
こいつを実装したらもう一般的なライダーに宛がえるハイドラじゃあなくなる。全くその通りだ。
運用コスト、耐久性、操縦難度…最後のひとつは合点がいってなかったが、今は痛いほどよくわかる。
今のリー・インに御し切れるか、それも確証は持てないが…直結は使わない。
機体を持ち帰れ、最低限生還せよという仰せはしっかり果たすよ。できる限り、な。
持ち帰れたら、また戦闘データを送る。よろしく

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端末を操作し終えた男は、上機嫌のままハーブティをもう一杯呷り、ガレージへと戻っていった。



身を護るためにあった中間装甲を次々と外していく。
そこに埋め込まれるのは小型のブースター達。
一基一基は小さくとも、何分数が多い。実に骨の折れる作業だ。
それでも男の顔に刻まれた軽薄そうな笑みは却って深まるばかりだった。

楽しくて仕方が無い。幼児が目に付くもの全てに手を伸ばすように。猫が動くものに飛び掛るように。男は戦力の解放に歓喜していた。他に自身の生が価値を生ずる実感を得たことが無いからだった。

死にたくない。危険は御免だ。疲れるのも嫌だ。
それでも、楽しみがあればそこに飛び込んでしまうもんさ。まあ悪くない取引だな、ってな。
俺も、カワサキのあいつらと変わらんな。どこまでも悪餓鬼だ。

自分の他には誰もいないガレージで、男はますます笑みを深くしていった。
全身随所をブースターで穴だらけにした後も休まず作業を続けていく。
肩部に増加装甲にしても大きすぎる増設ユニットを取り付ける。その端には、斜め下を向いた可動式ブースター。
背面左右から、脇下と首の横を覆うように同様に増設ユニットを取付。斜め四方に延びた翅状のユニットには大型のブースター。


最早原型を留めていない白いハイドラの禍々しい威容を見上げ、男は満足そうに頷いた。

それにな。これくらいやらなきゃ、あの子のピンチに間に合わんだろうよ。

残像領域ではおよそ全てが霧に覆われる。濃淡の差はあれど、ハイドラ乗りたちは皆『それ』を纏って戦いに臨む。望むと望まざるとに関わらず。
時に袖の触れ合う距離すら見通せなくなり、逸れたはずの銃弾が襲い掛かり、甚だしいケースでは時の流れすら大きく食い違う。
戦場は霧という渾沌に包まれる。戦士は霧を纏う八又の怪物に包まれる。怪物は己と全く異なる姿の怪異に囲まれる。
全てが貴方に牙を剥く。そこでは人の認識は酷く脆く、疑うことと信じることは同じ価値しか持たない。それは貴方の心を守りはしても、貴方の命までもは守れない。不安の山を切り崩したところで、戦場で人が死ぬという自然現象から逃れることは誰にもできない。

では、全ては無駄なのか。それは有り得ない。
理に適い技術の粋を尽くしたパーツアセンブル、敵機を把握し所持火器に対応した装甲の備え、機影を捉え行く先を見切り未来に向けて引鉄を引く訓練は必ず貴方の戦果と生還率を高めるだろう。
それでも尚足りないのだ。漸近すれども到達することは永遠にない。その差は理や経験では埋まらない。最後のピースは必ずすり抜け、或いはつっかえる。

何が貴方を生かしてきたのか。ある者は幸運と言うだろう。ある者は歌が。ある者は業、技術、呪い…何者かに守られていると言う者さえいるだろう。同じことを謳い、今は霧のどこかに消えた者もいるのに？
彼らを分けたあやふやな何か。どこにでも収まる、しかし意識的には到達しえない何処かにある何か。あらゆる積み重ねを足がかりにただただ霧の中に伸ばした手だけが掴める何か。
それこそが霧中のパスポート、戦場への適性そのものなのだろう。

おかえり、怪異の戦士たち。でも忘れないで、今日帰ってきた貴方が明日霧のしじまに消えていかないとも限らないことを。
パスポートの有効期限は当日限り。貴方は馬車馬のように戦い、他に何の役にも立たない殺しのライセンスの更新手数料を払い続ける。望むと望まざるとに関わらず。