ENo.0066　全くダメなウォーハイドラ乗りの男

『昨日も今日も失うものは肝臓の元気や金やなんやらだ』。
『何かを支配したがる奴だ、何かを作りたがるやつだ、何かを壊し続ける奴だ、』。
『俺には何一つ興味ない』。

　
　“残像領域”の片隅にある寂れた酒場。
　飲んだくれが壁にシミを作りながら寝込んでいる。
　あるいは店名の通り、掲げられたダーツボードに投じ続ける客もいる。
　あるいは三文にも満たない噂を流す客がいる。

　別にどうということのない、単なるクソッタレどもの休憩場だ。
　その気になれば誰かを歓迎するし、誰にも干渉しない空気が流れている。
　時たましゃがれ声や、低くうなだれたような声の雑談が聴こえる。
　
『チーッ、あんだけドンパチやってて生きてやがったか』。
『ケーッ、俺が死ンだらオメーも稼ぎ口が減るだろうが』。

　互いに舌を出し合って威嚇する男ども。
　バイオスフィア攻略戦において、男は軒並み沈む機体を横目に呑気に通信と射撃を繰り返していた。
　器用に支援と邀撃を繰り返し、被弾も最小限に抑える。キルマークも多少は稼いだはずだ。派手な戦果も挙げず、かといって最低限の仕事はしている。

『薄っぺらい棺桶（ハイドラ）だってのに、よく墜ちねえな？』。
『俺様だってそれなりに考えてるンですー。考え無しでドタマぶっ潰せばいい戦闘狂い（バーサーカー）とは違うんですー』。
『うっそでェ。撃ってる時のお前、瞳孔開きっぱなしだぞ』。

　そうだ、男が狂う瞬間は引き金を引く時。
　詰まったエネルギーを噴出し、あるいは弾丸を装填して放つ。
　この一瞬に命を懸けている、という。

『けど、死ぬために戦ってるワケじゃねーから』。
『安全装置を使わずに戦えば稼げるからな、そりゃ。躍起になる奴らもいるが――』。
『いんじゃね？　勝手だろ。俺が自由に踊（バト）るのも一緒。どう遊ぼうが、そいつの人生だ』。

　これをゲームとも男はいう。ともすれば、強いカードを切る瞬間、盤上をひっくり返すような戦術を取った場面。十人十色と言えど、あらかたの傾向は見えている。
　ひたすらに火力で押すか、後方で備えるか、自由に動くか。

　足手まといにならなければ、撃墜されなければ報酬も約束される。
　その為に男は惰性をただ貪るのではなく、手を抜く所は手を抜いているだけに過ぎない。
　エントリーした味方の機体は時に意思を持たず、残像のように動くだけの者も居るがゆえに男は変幻自在に踊るのだ。そうすれば自ずと自分も楽になる。味方も楽になる。

『とってもシンプル、“相互扶助”ヨ』。
『お前にそんなオツムがあるとはねえ』。
『知ってるだろうが、これだけ酒の席で話してりゃ。余計な情報でハングアップしかかってる情報屋でもよ』。
『ああ、知ってた知ってた。はいはい』。

　雑な応答に再び舌を出す棺桶乗りの男。
　もういい歳だと知っているからこそ、ここでの付き合いもながいからこそ、互いの肚裏も容易に理解出来る。
　そんな愚者の酒の席。