ENo.0008　エリカ＝ヒースハイデ

「エリカさんには《人間性》というものがまだ不足しています」
「まだ？」
「はい……って言ってもこれは技師さんが教えてくれた事そのままなんですけど」

巻き毛の女はあーとかうーとか言いながら技師の言葉を思い出す

「エリカさんの人間性……個性って表現したほうがいいんでしょうか。
　それがとても強い部分と変に空っぽになっている部分がありますよね」

男はエリカとの会話を想起する
猫に強い愛着を示している彼と人間的生活や娯楽について興味を示さない彼
確かにちぐはぐな印象は受ける
しかしそれも性格の範疇であると解釈はできる
猫を愛するあまり他の全てが疎かになってしまった人間というのも探せば一定数存在するだろう
現に対象は違えど男も似たようなものである
しかし巻き毛の女の言葉……技師の解釈は違っていた

「エリカさんは《あったものが欠けた》んじゃなく《元々何もなかった》んです」


エリカは……本来人格すら持たないような存在　人間性など欠けているのが正常な存在である
そこに外部から知識や嗜好などの要素を刻み込まれた結果　それが現在のエリカだ
技師はそう結論づけたという

「知識や嗜好などの要素。その元になったのが……今までヒースハイデに乗った被験者達か」
「ええっと、多分そういう事だと思います。
　技師さんもエリカさんもそこまで詳しくは話してませんでしたが……」

エリカという存在を構成する要素は今までヒースハイデに搭乗したパイロット達の寄せ集めである
そこに彼が独自に身につけた要素はない
そして……寄せ集めの結果生まれた人格もまだ完全ではない


男はここにきて技師の思考に見当がついた　伊達に長年彼の親友をやっていない
エリカは未完成の存在だ　最近自分に黙ってエリカの周りで何かしているらしい技師の目的はそこにある
画家が自ら命を絶った時　ヒースハイデを「完成」させる事ができなかったのを彼はかなり気にしていた
それを自覚していたかは定かでないが　男からすれば技師が拗ねているのは丸わかりであった

彼は恐らくパイロットであるエリカが「完成」する事をヒースハイデの「完成」と考えている
エリカという存在を完成させる手段　男がすぐに思いついたのは二通りだ
まず通常の人間の子供を育てるように……彼に様々なものを見聞きさせ体験させる
この手段は彼の体力や体質が非常にネックなためそこから対策を講じる必要があるだろうが

もう一つは単純だ　現在のエリカは今までのヒースハイデのパイロット要素から成り立っている
その仕組みを利用してエリカに新たな要素を追加する
パイロット達は例外なく一度以上ヒースハイデに搭乗し　出撃の直前に自殺している
つまりは……「自殺させるために人間をヒースハイデに搭乗させる」のだ


「後者の方法は手っ取り早いですけど、その……倫理的な問題とか……どうやって人を調達するかとか……
　色々難しそうなのでとりあえず前者の方法で何とかならないか試そうとしているみたいです」
「そうか。後者を試す気になったら連絡してくれ」
「えっ」
「人的資源などその気になればいくらでも供給できるからな。
　エリカならびにヒースハイデの完成との優先順位を履き違えてはいけない」

巻き毛の女は言葉に詰まった
しばらくかわいい猫達やエリカや技師とばかり関わっていてすっかり忘れていたが……
……彼女の上司は「そういう」人間だった
自分の興味の対象……主にウォーハイドラを優先し　他の人間の事など何とも思っていないのだ
彼はエリカの完成のために何の気負いも躊躇もなくいくらでも他人を犠牲にするだろう

「……はい。技師さんにそう伝えておきますね」

巻き毛の女は震える声でそう返答するほかなかった



「ところであいつが何故エリカの事を知っていたかの報告をされていないが」
「あっ！　それなんですけど……正直私にもよくわからなくて。
　エリカさんは誰かに《Erica》って名付けられて、その名前を技師さんが何故か知ってたって事しか」
「……名前だけか？」
「んーと……名前以外にも見た目とかは覚えがある感じでしたけど。
　詳しい事はあまりわかってないと思います」
「なるほど。…………」
「え？」
「いや。何でもない」

エリカに《Erica》と名付けた人物　Ericaという名前を知っていた技師
それを聞いた男は無意識に亡くなった親友の名を呟いていた

*にゃー*