ENo.0066　全くダメなウォーハイドラ乗りの男

『節目っつーのはニポンじゃアンラッキーの時って言うってばっ……旦那が言ってた』。
『ってのはともかく、あの女までも死んだってか』。
『殺されたのが俺じゃなくてラッキーだったわ』。

　
　“残像領域”の片隅にある寂れた酒場。
　飲んだくれが壁にシミを作りながら寝込んでいる。
　あるいは店名の通り、掲げられたダーツボードに投じ続ける客もいる。
　あるいは三文にも満たない噂を流す客がいる。

　別にどうということのない、単なるクソッタレどもの休憩場だ。
　その気になれば誰かを歓迎するし、誰にも干渉しない空気が流れている。
　時たましゃがれ声や、低くうなだれたような声の雑談が聴こえる。
　
『げっ、死んだのかよ、例の女』。

　――その歯車は死の音色を奏で始めていた。
　巻き込まれて死ぬか、そうでなくとも死ぬか。そういった様相を呈している――が、最も棺桶乗りの男には縁遠い。
　そもそも死は近くに居るのだ。どこにでも居るが、今も以前も最も近い場所に居る。

『やっぱあの写真をオメーに流したのがマズった？　ま、あンなもん配布した馬鹿も悪い』。

　“責任”はすべて、棺桶（ハイドラ）乗りの補佐をしていた人物に集約している。流された情報をかき消すなぞ、とうに遅すぎる。
　こんな辺境の地に態々始末屋を送るほど企業も暇人ではないだろう。恐らく。
　元勤務者が次々と消されていくのであれば、傭兵を辞めればいずれ自身も消されるのであろうか？　一介の棺桶乗りは思った。だが無駄且つ無意味だとすぐに一蹴した。

『口を滑らせるのは脚を滑らせるよりもタチが悪いんだよ』。
『逆関節とか多脚とかならそんな滑らなそうだしなー』。
『あのな。俺たちの身も若干やべえと思わねえのか？　このままだと全員どこかの任務に纏められてゴミ箱行きみたいにされるぞ』。
『ンでオメーはどっかの路地裏でデッドか。んああああ』。

　そこで隣の男は大あくびをした。
　死に怯えることにやはり、意味はない。

『俺が“協力者”だって疑われるだろうがよ！』。
『いやなに特大ブーメラン投げてるの。死ぬの？』。
『そういやそうだった』。

　情報屋が情報をリークするのは至って自然なことである。
　情報の断片を得て、売りさばいた以上勘ぐられて然るべし。
　この男が情報の大本ではないが、真っ先に疑われて処断される確率は高い。

『ま、このクソ酒場に居りゃあ――いでっ、悪ィ悪ィ冗談だってスタッフゥー』。
『あーーあ……おしめえだ……この田舎で慎ましく生きてたのによお……』。
『寝言は飲んだくれてから言え、折角バッカスも口にした酒があるんだぞ？　もーったいないって』。