ENo.0594　祟鬼漬クロガネ

「させないッ！」
素早く敵の射線に割り込んで、レイピアの重ロケットを受け止める。
爆風と衝撃、熱と閃光が脳を灼く。……悪くない威力だ、でも私には確信があった。

「最高だよ、ロウブリンガー……！」

―――――

「……非合法都市の殲滅？」

「ああ、一般車両を足止めして『通行料』をせしめるだけでなく、近隣の住民から略奪を繰り返してるようだ。」
「この無法者どもは傭兵部隊まで雇っているらしい。このまま勢力を拡大されては、我々の障害になる可能性すらある。」

「無法者の集団、か……。」

「何か問題でも？」

「いや、そういうわけじゃないよ。」

「ならいい、出撃準備を進めたまえ。」
ブツン――と接続が切れる。

「……ちょっと、思い出しちゃっただけさ。」

―――――

黒煙が晴れる。思わず笑みがこぼれた。
重ロケットの爆発を阻んだ鋼の機体は、完璧なまでにその輝きを誇示していた。
……無傷、そう呼んでも差し支えないほどに。

「この程度、私の装甲ならッ！」

電磁ブレードで反撃するために、すかさず距離を詰める。
エンジンを全開でふかし、エネルギーを最大出力する。

……しかし。
すんでのところで機体の動作が狂う。電磁ブレードのエネルギーは霧散し、刃が空を切る。
同時に鳴り響く警告音。咄嗟にモニターに目をやる、原因は……

「動作不良！？」

素早く距離を開ける、さっきの爆発で出力系がダメージを受けたらしい。
仕方ない。基本動作に問題はないし、レーダーも十分に機能している。装甲もほぼ無傷。私の守る役目は終わってない。

味方の情報や、敵の位置を頼りに前線に急行する。
「死なせないために戦う」そう決めたからには、運や責任の範疇を超えて、自分を貫き通す義務があるはずだ。

……それにしても。
無理な機動をするたびにエンジンが軋み、配電盤がスパークする。
その音が、振動が、匂いが、身体を甘い痺れで満たす。

エネルギープラグに強い負荷が掛かっているのを肌で感じる。
エンジンが火花を散らしながら凄まじいトルク数で回転しているのが分かる。
内部パーツの損傷具合が手に取るように理解できる。

エンジン、配電盤、プラグ、モーター、バッテリー……、莫大な情報量が脳を灼く。
それは強烈な快感となって私を包み込んだ。

ああ、なんて……

「なんて官能的なんだ……！」

―――――

「あー、やっぱり配電盤がショートしちゃってるねー。」

笑顔で言いながら、スパナとモンキーレンチで部品を取り換える。私にとって修理は至福の時間だ。
オイルの匂い、溶接バーナーの熱、ボルトを締める手ごたえ、可動部の軋む音。まるで、恋人との楽しい会話みたいで。
……恋人とかできたことないけど。

それに、今日はいいことがあった。

『生存率100%』
最高の結果だ。防衛戦果は8.73%。完璧とはいかないまでも、私は盾として立ち回ることが出来た。
しかも総ダメージは耐久値の1/5以下。我ながらうっとりするほどの防御力だと思う。

「お疲れ様、ロウブリンガー。」

そう言ってコーヒーカップを彼のボディに軽くあてる。
明日もいい日になるといいな……、そう思いながら濃くしすぎたコーヒーをゆっくりと飲み干した。

今日はいい夢が見れそうだ。

祟鬼漬クロガネが所有する移動式ガレージ内に設けられた小さな工房。

カタカタと音を鳴らす錆びた換気扇、プラプラと揺れる頼りない白熱電球。
古ぼけた大型テーブルに、軋みを上げる幾つかのパイプ椅子。
煤けた作業台の上には、不釣り合いなほどに新品なコーヒーメーカーが置かれている。

ここではパーツの製造のほかに、ハイドラの整備、点検、修理まで幅広く行っている。
訪れれば、やたら濃いコーヒーと一緒にぼそぼそのレーションを振る舞ってもらえるだろう。
……口に合うかは別の話だが。