ENo.0261　Solitus

調唄鼎。そう名乗っている彼には、自分の相棒にも話せていない秘密がある。

カナエはスラム街の出身だ。
毎日が生きることに必死だった、掃き溜めの街――そこがカナエの故郷だ。
父親の顔は知らない、母親の顔も今でははっきりと思い出すことができない。
ただ、今でも鮮明に思い出すことができるのは――母から聞いた言葉だ。

神として崇められている歌姫の現実。
カナエが幼い頃、母から聞いた言葉はカナエにとって大きな衝撃だった。

その話を聞くまで、カナエは歌姫たちのことを神様のように思っていた。
けれど現実はそうではなくて、力を使い果たして命を落とすまで、その力を使わされ続ける人柱のようなもの――それが歌姫として崇められている彼女たちの現実だった。
どうしてカナエの母が歌姫の現実を知っていたのか、今ではもう突き止めることはできない。
だが、なんとなくだけれど、カナエは予想がついている。

おそらくだが――カナエの母も、そうだったのだろう。
カナエの母も歌姫で、おそらく父の手によって外に連れ出されたのだろう。
もし、カナエの予想が正しいのなら――カナエの喉にも、ソーナに比べると劣るだろうけれど、同じ力が宿っている。

「……同じかもしれないんだよねぇ。俺とソナは」

歌姫だった少女と、歌姫の血を引く少年。
力の強さは違うけれど、同じように融機獣へ語りかける声を持っている者同士。
もしかしたら自分たちは知らず知らずのうちに惹かれ合い、こうして行動を共にするようになったのかもしれない――なんて。

「……俺らしくないよねぇ、そんな考え」

隣ですやすやと寝息をたてるソーナの髪を指先で撫でて、カナエは思わず小さく笑う。
まだ自分の中ではっきりとした答えが出ていないから、このことをソーナに話すつもりはない。
ソーナ本人から直接聞かれたときはさすがに大人しく答えると決めているけれど、おそらくその瞬間が訪れるのはもう少し先になることだろう。

――自分のことはほとんど話そうとしないのに、相手のことを知りたいと願うのは、いけないことだろうか？