ENo.0066　全くダメなウォーハイドラ乗りの男

『超軽量索敵とか機動とか出ねえかなあ』。
『当たらなきゃ墜ちねえし、そういや防衛とかぜーんぜん考えてねえや』。
『でも当たる時は当たるンだよなー』。

　
　“残像領域”の片隅にある寂れた酒場。
　飲んだくれが壁にシミを作りながら寝込んでいる。
　あるいは店名の通り、掲げられたダーツボードに投じ続ける客もいる。
　あるいは三文にも満たない噂を流す客がいる。

　別にどうということのない、単なるクソッタレどもの休憩場だ。
　その気になれば誰かを歓迎するし、誰にも干渉しない空気が流れている。
　時たましゃがれ声や、低くうなだれたような声の雑談が聴こえる。


『見舞金だなンてはした金寄越しやがって』。
『まあ二～三杯分ぐらいか』。

　飲んだくれる男の隣で、インキとカビた臭いの紙束を広げる男。
　“企業連盟の不和”“意味深なメッセージ”……などと言う文面が、堂々と先週付の新聞の一面を飾っている。
　二人でなんとなく訳してみたものの、「霧は不滅である」ような、雲――いや、霧をつかむような話だった。

『あ～～なんつうか、夏だねえこの感じ』。
『うんうん、季節はないがなここ。まあ、稼ぎ時ならいいぞ』。

　“夏”というのは余所者から聞いた話に過ぎないが、とかく自己主張の激しい人間というのはこういった節目に現れる。意味があろうとなかろうと、言葉のみで示すのならば単なる自己顕示欲丸出しの輩に過ぎない。
　そうでなければ――暴動が起きるか、何かの動きがあるか。
　たとえ徒労に終わろうと、新聞紙を睨めつける男にとっては様々な死活問題に関わるのでつぶさに調査していた。

『それより』。
『ああ』。
『旦那のご帰還だ』。

　何週間か席を外していた店員が、定位置に戻っている。
　「話をつけた」とのことで、また飲んだくれの男にも些かげっそりとした余韻があるが深く追求されていない。
　最近は常連客以外にも、それなりに客が来る。棺桶（ハイドラ）乗りの男の縁か、誰も彼も同じライダーだ。

『若いのばっかりだねえ、あ、けど旦那より少し下のチャペルも居たな』。
『トシの話はやめろ、殺すぞ』。
『しーらがしらがーおじいちゃ――』。

　新聞の上に血溜まりを作って男は沈む。
　白髪の鬼が、すみやかに酒瓶で相手の後頭部を殴りつけて沈めたからだ。
　店員は咎めるような視線を送ったものの、肩を竦めるだけで行動には移さない。口は災いの元だと理解していた。

　来る様々な客に備えて、黙々と下拵えをしている。
　男もまた、酒瓶をラッパ飲みして俗世の憂いを一時的に祓っていた。