ENo.0535　クロノワール・ナイン

コロッセオ、初回の戦闘はまずまず、と行ったところだった。
初めてのハイドラ同士の戦い、先ず何と言っても「攻撃が当たらない」というところと、「ダメージが出ない」ということが大きかった。
いや、クイックドライブや濃霧領域による防御面が強かった、霧が濃かった等などというのもあるのだろうが、それ以上にやはり「命中しない」「ダメージが出ない」という点が気にかかる。

「霧のせい、ですめばいいのだけれど」

それでも私は当てていたほうだ、と自負する。慣れないミサイルで、撃墜は2。他にも大ダメージを1機<ベティ・ヴィーナス>に与えていた。避けられた、と思ったけれど、「中たる」と思いながら撃てば中たるのが狙撃屋の面白いところよね、とくすりと微笑う。といっても、無名やフェリシアには体のいい用にあしらわれたので運が良かったのだろう、霊障が味方してくれた、と考えるべきか。

口元にスプーンを咥えながら、大画面に写った29ブロックの戦闘ログを眺める。

「んー、んんん、んっ」

やはり、こちら側――バディであるAI弐式と私の戦術が上手くハマったのもあるのだろう、とちょうど画面には弐式が敵機にFOCUSされながらも、機体から噴出した濃い霧で躱しているシーンが映る。最初にこのアセンをする、と言い出したときは正気を疑ったが、案外やれるものね、と次の一口を食べるためにスプーンを動かしながら考える。ヤツに進められるまま噴霧器を積んでみたが、存外上手くハマってくれたものだ。お陰で何度か狙われたが、アレで誤魔化せたし、逆に狙い撃つ事もできた。味方のあのゴリラ……いやなんでホントゴリラ……？兎も角、あのゴリラも噴霧器を使い、前衛に出てタンクを見事に果たしていた。レーダー索敵だ、と思っていたので少しばかり勝手が狂ったけれど、なんとかなったので問題はない。

「なかなか面白いわよねぇ、アレも」

次からの戦場で活かせるかどうか、しかしあれだけの活躍を29ブロック――そして、28ブロックで魅せていた以上、対策は取られるだろう。企業連盟も早速《対策》を取ってきたようだし、次からはそうそう使わせて貰えないだろうし、なにより《天候に影響されやすい》のがネックだ。霧濃度が低ければ全ては水泡に帰す。そして、次の霧濃度は高くない。

「でも濃度が高くないのならば私の土壇場よねぇ」

楽しそうに残りの少ないアイスを掬う、画面に映る29ブロックのリプレイも大詰め――最期の1機を落とすため場面だ。

「さてと、それじゃあ楽しみにしていた28ブロックを見ましょうか
　ええ、と。お酒お酒と♪」

28ブロックのリプレイは1度、終わってすぐに見た。"格が違った"。
ギルデンロウが、リー・インが、ジョットが、ルカが、カラミティが、シャンクが、全ての出場者が皆輝いていた。
両者ともに事前に連絡を取り合い、勝つための会議を行った。と聞いていたが素晴らしい戦闘であり、その結果からのコロッセオランカー1位、2位は納得の一言だった。
事前の調査不足か、些か知らない人物がランキング上位に名を連ねているのを見ると、やはりコロッセオは面白い。レギュレーション、戦場の味方、敵、天候、全てが絡み合いメタが変化し、ハイドラライダーたちの高度な読み合いまでが重なり、昇華されていく。実に素晴らしい戦闘だった。観客も満足だろう。無論、企業連盟やスポンサー。過去のコロッセオの参加者たちも、だ。お陰でこの初回の記録データはプレミアになるのでは無いかとヒヤヒヤしたが、そのあたりはコロッセオランカー、無事に手に入れることができた。ランキング一桁台は伊達じゃあないのだ。……次回もそこに入れる保証はどこにもないけれど。

「……コロッセオでも、人は死ぬ」

同じブロック、同じチームのメンバーが一人死んだ。救護班が間に合わなかったのかは分からないが、あまり気分が良いものではない。これは自論だけれども、どのみち、ハイドラライダー、傭兵業なんて。この地獄で生きていく上で、死は開放なのかもしれない。――そこから開放されたのは、少しうらやましい、なんて思う。

「……」

大きめのスピーカーから、28ブロック出場者についての実況解説も佳境に入り、そろそろ試合が始まる。観客の歓声などが流れていくが、耳に入らない。

――Pipipi,と甲高い着信音がタブレットから鳴り響く。ぐるぐると思考の迷子になっていたところから現実に引き戻され、少しだけ安堵の息を吐く。

「……っ。ああ、もう、また意識を」

グラスを机の上に起き、タブレットとに目を向ける。着信ナンバーは見たことがないもので、もちろん、名前も表示されない。仕事の依頼だろうか？しかし、今週は既にコロッセオに行くと企業連に連絡し、レギュレーションと出場者共に張り出されたあとだ。今回ばかりは依頼は受けれない、八百長も今のところする気はない。……はて、では次週の予約だろうか？と一瞬考えるが、まぁ出たら分かるかと受け取る。

「……もしもし、こちら企業連盟に所属する独立傭兵。クロノワール・ナイン、そちらは？」

『あー！やっと繋がった、というかキミ。傭兵の癖に受け取るの遅くない？大丈夫？』

「それは失礼、こちらも色々とやることがあったのよ。……それで？」

『キミの電話にかける用なんて依頼以外になにがあるの？
　ああ、個人的な研究や実験を頼むのとか、世間話も悪くないけどそうじゃなくて。
　ええと、そう、依頼。実験に付き合ってもらうためのね』

「悪いけれど、今週のミッションはコロッセオで埋まっているの。
　付き合うのも悪くないけれど、断らせて――」

『そう、そのコロッセオ！
　最近の戦闘でデータ不足が多すぎ！だから、次の実験はそこですることにしてな』

「……続けて」

『で、キミはなんと私と同じ所属ブロックなの、あとは言わなくても分かるよね』

少し考える、同じブロック、実験、女性――研究気質。
ああ、なるほど、と該当者のリストを脳内から弾き出す。

「なるほど、Dr,Lewisia
　共闘のお誘い、ってわけね」

『共闘？ああ、まぁそんな感じ。
　キミたちの所以外はだいたい集まったよ』

ふぅん、とクノンは考える。前回と違い、今回は大人数が配属されたブロックに配置され、表と裏と言われれば表の顔であり、カラミティのペアや私達のコンビ、HONEYCOMBとエイブのミサイラー等などが敵対同士に配属されている、ということから企業連盟の考えも透けて見える。

「一つだけ聞きたいのだけれど、良い？」

『手短にね』

「無名、という人物はそこに参加していて？」

『ああ、あの男？居るよ、居る居る。
　それがどうかしたの？』

「――いいえ、なんでもないわ。受けましょう、コロッセオを盛り上げるためにも」

『えー、あー、うーん。実験できればそれでいいんだけどなあー
　まぁいいや、根回しにもなるし、それも研究成果のため、レポートのためっと』

そこで通話が切れる、さて、集まっている、ということだけれどどんなものか。
楽しみにしましょう、と画面に目をうつすと、カラミティが撃墜されたシーンだった。

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集まったメンバーは『至極の悪夢』とアユー・ドルイド。弐式とクノン。無名。ドクターにその僚機Ashley F. 戦場の死神に、如月のプロジェクトメンバーが数人、チアーズに所属しているフギン＝ムニン。エイブには個人的な伝手があるが、会合への参加は間に合わず、しかしこちらの意図や作戦は伝えれることが可能とは会議にて伝えておいた。唯一、完全に連絡が取れていないのは宇南山のみ、あとのブロックメンバーは企業連盟が用意した残像だけと考えるとほとんど完璧な会議と言えるだろう。

『でさー、今回の装甲どうしよっかなーって』
『博士ー、ブースター積むのはどうなの？』
『横に転がる樽……ありだな……？』
『えっ』
『サッカーしようぜ！博士、ボールな！！』
『は……？』
『いやいや、なんで実験のための大事な装甲を捨てなきゃいけないのさ』
『逆に考えるんだ博士、今噂の《濃霧領域との検証》が出来るって考えるんだ』
『なるほど……？』
『そして重ブースターを積むことにより高速移動形態が可能に……！』
『はっはーん、つまり加速度に耐えうる装甲とそれを活かした上の……(ぶつぶつぶつ』

『で、博士はアレで良いとして、こちらはどうする？』
「私としては、前回作ったKARASAWAを有効活用したいところなのだけれど」
『悪いけどそれは却下だ、こっちのプランを見ろ』
「……ボルトアンカーに、電磁アンテナ？」
『向こうの怖い残像を処理するためにもこっちだ。
　どうせ粒子は稼がれる、アレだけクロノワールがアピールしていたんだ、嫌でも意識してるさ』
「了解。……マイクパフォーマンスは難しいわね、加減とか、兼ね合いとか」

『で、頭部はどうする？』
『バイオ兵器が懸念だな、どこまで吹っ飛ばせるか』
『だからといって頭部Cはなぁ……向こうのTankの数が多すぎる』
『あまりバラけさせるのもよくないんじゃない？わかんないけど』
『じゃあそうだな、低AP狩り部隊を作るか。残像のMewを落とさないと事故死が付きまとう』
「了解。……なら私もそちらに切り替えるようマーケットの購入変えておくわ」
『では、チーム如月としましても頭部はAに合わせる形にしておきましょう。
　奇しくもスターナイトと似たような構成になりえますね』
『クワゥチーが懸念、か。まぁ、そのあたりは当日次第だ』

会議は、踊る。――されど進まず、なんてことは無く。皆が勝利のために、話し合いは数日に及び続いていった。

星を撃ち落とすように――
そして、一瞬の流れ星のように。


我らは撃つ。