ENo.0603　K.I.D.

「んあー、さすがに見よう見まねじゃこんなもんかぁ。
　あんなにヒュンヒュン飛び回ってる相手に攻撃なんて当たんないってばさー」


　前回の性能評価試験ミッション、その戦闘レコードを何度もリピート再生しながら、キッドは操縦棺の中でぶつくさと呟く。

　下宿先の大家が紹介してくれた企業所属のガレージは、夜間から朝にかけて滞在に制限があるものの、設備や福利厚生の面で申し分のない環境が揃っており、もっぱら生活物資の調達や休息を除いては、下宿よりガレージに入り浸る時間の方が多くなりつつあった。
　今も、先日の出撃でミッション中には確認できなかった戦況データなどを改めて確認しながら、自らの戦闘レコードを流し読む。

　・攻撃戦果：4.2％
　・支援戦果：6.27％
　・防衛戦果：6.35％

　「機動回数：4」「攻撃回数：1」「命中回数：0」。
　それが前回の戦闘で得たキッド自身のデータのすべてであり、端的に言えば「特に何もしていない」。
　正確に言えば、培養炉から生成された生体兵器が多少の攻撃を行なっているが、キッド自身の行動というわけでもないので意識の中には入っていない。
　また、最初に発砲した狙撃砲の一撃を除いては、キッドの意識や主立った機体操作はHCSの解析に回っており、半自動で生体兵器を強化する高速増殖培養漕を稼働状態で放置しているのみ。今回も戦闘機から発射されたミサイルが数発命中していたが、避けるどころかその場から動いてすらいなかった。
　そんな状態で、得られた成果といえば──


「んっひっひー。
　でも今回は、流れ弾にビビりながら戦闘を続けた甲斐があったもんねっ！
　前の時より倍くらい戦闘が長く続いたのがラッキーだったぜぃ」


　得意げにコンソールを　ッターン！　と叩いて、メンテナンス用モニターに画面を表示させるキッド。
　そこには、簡素なＵＩで枠取りされたメニュー選択画面と、その選択肢が飾り気も何もなく、端末の入力を待っていた。


　　『通常システム』
　　『戦闘システム』
　　　├『Strider』
　　　└『Commander』


　戦闘システム、として区分けされたプリセット領域の下部に、明らかに後付けされたと思しき2つの領域。
　これまた簡素な単語が2つ、ただ並んで表示されている。何を意味する項目なのかは、まったく説明など書かれてはいない。


「すとらいだぁ……『大股歩き』？　『アメンボ』？　や、戦闘システムでそりゃないか……
　下のはわかりやすいね、これはもう『指揮官』『司令隊長』みたいなアレでしょー」


　そう言って、キッドは迷わずコンソールの決定キーを押した──『Strider』の選択肢の上で。
　すると、次の画面に遷移して、細かいパラメータがざーっと画面をスクロールして流れていく。
　いや、それは機体やシステムのパラメータではなく、複雑なパターンで出力された暗号であり──


「わかりやすい方は後回し！
　まずはわけわかんない方から触って、ざっとイメージを掴む感じに手がかりを……って、え。
　な、何これ……？」



　　　++++++++++++


　　──“風の魔剣”に　この魂を捧ぐ

　　　　約束を果たすべき刻が来た。
　　　　我が肉体は既に己の自由にはならず、翼を縛る枷である。
　　　　だが、我々はあの日誓った。必ず、この翼を守り抜くと。
　　　　その為にこの肉体が邪魔であるならば、喜んで捨て去ろう。
　　　　
　　　　幸いにして、我々は発見した。
　　　　枷を捨て去り、新たな翼を得る為の手段を。
　　　　あとは、この身を以って実行するのみ。
　　　　
　　　　若き希望と、古き誓約を守る為に。
　　　　翼の誓いを果たす為に。
　　　　
　　　　これを見つけた者が、翼の誓いを果たす者であることを願う──


　　　++++++++++++


　キッドが「発見」した暗号を、その場で読み解くのには実に5時間を要した。
　決して具体的な何かが記されたものではなく、むしろ内容自体は茫洋として霧を掴むような益体もないものであったが……


「…まさか。まさか、これって……」


　　ぴぴぴぴぴっ　ぴぴぴぴぴっ


「ゥえ！？？　…ってなんだ、内線呼び出しかー……」


　突然鳴り出した甲高い電子音に腰を浮かすも、それがガレージの管理者からの内線通話だということに思い至り、通話モードをオンにする。


『申し訳ありません、キッドさん。
　そろそろ外部利用者の滞在可能時間を過ぎますので、また明日のご利用をお願いいたします』

「え、もうそんな時間！？　……ってホントだー、5時間くらい没頭しちゃってたや。
　はーい、今すぐ出ますー。すぐ受付に行きますねっ」

『はい、すみませんがよろしくお願いします。お待ちしていますね』


　ばたばたっ、と操縦棺の床に置きっ放していた荷物を拾い上げると、いくつか散らばったままのコードや端末はそのままに、HCSをスリープモードに素早く切り替えて、キッドは“レイヴンズ・クロウ”の中からひょいっとガレージにまろび出た。
　一瞬、操縦棺の方を未練がましく見やるも……「ま、明日でいいよねっ」と気持ちを切り替え、キッドはすたこらとガレージ利用の受付へと走っていった。




　　──Mode: Strider [DtS...Loaded]

赤茶けたカラスが項垂れたように佇むエンブレムが印象的なユニオン。

入団申請フォームには「初めての傭兵業にも充実のサポート♪」「動物モチーフのコールサインを推奨♪」などのフレンドリーな文言が並んでいるが、結成以来その申請フォームが一般に開放されたことは一度も無い。