ENo.0066　全くダメなウォーハイドラ乗りの男

『あーー！！！！！　うるせーーー！！』。
『どいつもこいつもヘドハンヘドハン！！！！』。
『なんでもいい、金払いのいいとこなら俺はつくけどなァ！！』。

　
　“残像領域”の片隅にある寂れた酒場。
　飲んだくれが壁にシミを作りながら寝込んでいる。
　あるいは店名の通り、掲げられたダーツボードに投じ続ける客もいる。
　あるいは三文にも満たない噂を流す客がいる。

　別にどうということのない、単なるクソッタレどもの休憩場だ。
　その気になれば誰かを歓迎するし、誰にも干渉しない空気が流れている。
　時たましゃがれ声や、低くうなだれたような声の雑談が聴こえる。
　
　酒瓶をガンガン鳴らして苛立つのは棺桶（ハイドラ）乗りの男。
　それを横目に背もたれのないカウンターチェアの上でぐるぐる回る男。
　これらは混迷深まる世相を表している――――ということにしておこう。

『わーーーーかーーーーンーーーーねーーーー』。
『しーーーーるーーーーかーーーーよーーーー』。

　レジスタンスから接触。
　メルサリアの告白。
　“メフィルクライア”という女。

　幾百年という、深淵な霧の景色のように気の遠くなる話。勝手に巻き込まれたとあれば辟易とする。ただ仕事をこなしていただけなのに何故、というのは当該する疑問において意味をなさない。
　事の起こりようは、世界とは、風見鶏の向きのように身勝手だ。さも“元からそう決められていた”風に見せかけて勝手に進路を変えていく。まして影響の縮小単位である人と人は関わらずに生きてはいけない。俗世を見限った訳ではない単なる傭兵は、雇い主が居ればついていく。
　情報屋も上に同じく、寧ろ人に密接に関わる側だ。いつ消されてもおかしくなく、その覚悟はしているが。

『で？　何？　ゾンビーと手を組ンで俺に何のメリットが？　俺がゴーストに殺されるワケ？』。
『危ない橋に立たされたのは明白だが、どこにつくかだよ。で、あの落書きがレジスタンスのものだとして、企業連中に反発する民間人もこの渦中に現れだしている』。
『ふんふん』。
『そいでもってまた企業連中・民間人とは別の思惑を持った“想像し難い存在”がまたしでかそうとしている』。
『…………あー、はいはい』。

　メルサリアとは、コールドスリープでもして永遠に延命しているのだろうか。メフィルクライアとは、どうして“仲良く”啀み合うのか。
　露出していないものを含めた存在する技術とは、可能性であり、また神に近づく階段の螺旋。人間の進化の伴侶である。この棺桶もまさしく人間が森羅万象の支配者になるために用いられる技術の結実の内の一つだ。外部からの迷い人を含めれば科学よりも“不可思議”なことは幾らでも発生する。
　――――といって、それを使いこなす男自体には技術への関心もなければ、それらに雅致を見出したことはなかった。ただの金稼ぎのための箱（かんおけ）ほかならない。

　世界情勢も等しい。
　関心事は明日の酒と自分の保身、それから身の回りの安寧。
　他を背負うには、自分という存在だけで手一杯だというのに、これ以外の責や使命を帯びる必要性は皆無と考えていた。

『それは俺も同じさね。確かに世間のことを知らなきゃ商売にならないし、俺の情報一つだって波紋を及ぼすこともある』。
『Then why？　その仕事やってンのさ』。
『それでも“知りたい”んだよ、この世界を』。
『Huh？』。
『考えたことがあるか？　何故／何時からハイドラがあって、この世界は“外”のように晴れることはなく、また未曾有の技術が湧き出すのか』。
『No』。
『だろうな。ま、技術者を目指してた俺の探究心が、ここに来てことさら興奮してるのさ』。

　好奇心は死への幇助。綱渡りのご時世、こんな矛盾した人間もいるものだ。それは、情報屋に限ったことではない。
　棺桶乗りの男もまた、保身を掲げながら一定の危険（ライン）を侵している。
　
『俺が一つわかってるとすりゃ、奴さンの報復に自己満足以外の意味は出てこないってことだな』。
『女神を掲げた偽善者のことか』。

　あの男の言葉には、浮ついた熱のようなものを同じ棺桶乗りは感じていた。
　それこそ酔っ払っている時に妄言を吐いている時の自分のようだ。
　かの者の父の二の舞いになろうとそうでなかろうと、義心に駆られる若さを羨んでいた。