ENo.0338　ドランカー

【8：Daughter】

霧の世界。

この過酷な世界で命が軽いのはハイドラライダーばかりではない。
むしろ、ライダーのきまぐれで容易く潰されてしまう一般市民の方が軽いぐらいだ。

古くなった電子部品を交換しながら男――マーカスはそんな事をぼんやりと考えていた。


――娘がいた。
娘は、大きくなったらハイドラライダーになるのだと言って聞かず、よく自分を困らせた。
そんな娘が生きていたら――まだライダーになれる年齢ではないし――やはり困らされていたのか、
それとも、新しい夢を見つけていたのか。

彼には分からなかった。分からなかったが――


《マーカス 終わりましたか》

不意にかけられた無感情な女性の合成音声。
どうやら、いつのまにか依頼のメンテナンスが終わっていたらしい。

この機体の主はハイドラを一通り弄る事が出来るが、生体培養チップを組み込んだこのサポートＡＩだけは
どうしても扱う事が出来ず、マーカスにメンテナンスを依頼している。


「ああ、ばっちりさ。次のフライトも好調だろうね。
どうだい、最近の……ミッションは」

《好調 しかし 不本意 です》
《最近 は マスター の サポート 量 が 減りました》

「そうかい……」


見込んだ通りではあった。腕が鈍っていても、元はエースクラスだ。
彼女の助けが馴染み、結果として彼女の仕事は減った。良い事だ。しかし、


――しかし、まさか彼女がそれを不本意に思うとは。


「なら、そうだね……操縦ではなく機体運用効率の向上にメモリを回そう。
最近、いいプログラムが出たんだよメアリー」

恰幅のいい40歳の男が経営する小さなハイドラ用のジャンク屋。
小さいながらもパーツの揃えはよく、そこそこ繁盛しているようだ。

長年やっているだけあって残像領域の情報やハイドラライダーの噂話に敏く、それを目的にやってくる客も居るらしい。

立ち寄る事があったら世間話でもしてみたらいかがだろうか。