ENo.0076　マリエッタ

寝床から起き上がれば、ぐぐ、と伸びをする。
身体の軋みはもうない。立ち上がる際も眩む事も無い。

身体は軽い。頭も冴えている。手足、動きに問題無し。

「体調、心身共に良好、と」


☆+☆+☆+☆+☆+☆+☆+☆+☆


「そもそもですね…………聞いてます？」
「んー……？ああ、聞いてるよ。聞いてるだけ。」

本調子に戻るなり真っ先に行ったのはハイドラの整備。手や顔、身体がオイルや汚れで塗れる。
戦場での愛機である以上、コイツの整備は欠かせないだろう。よく墜ちても、また動いてくれるモンだ。

「しっかし、流石ノエルだね。……僕より機械(ハイドラ)弄りの日数は浅い癖に、しっかりできてるじゃないか。」
「お褒めに預かり光栄にございます。」

機械のノウハウも何処かで学んだわけではないだろうけれど、ある程度教えればこなしてくれるのがコイツの有能な所。
思い返せば、コイツは大抵の事は何をやらせてもしっかりとやってのける。
小さな雑用から、こう言った専門的な事。……それから、僕の仕事の手伝い、サポート。

暗殺、なんて人前では絶対に口に出来ないような仕事をしていた時なんて、標的を殺め損い生じた窮地を何度助けられたかわからない。
ある意味、今ここに生きているのはノエルのおかげもあるのかもしれない。

「褒めてくださるのも嬉しゅうございますが、殴って頂いてもいいんですよ！！？」

……このドＭがなければ最高だったに違いない。本当に。本当に。

「ああ、そう言えば一つ。先週マリエッタ嬢が購入されたパーツですが……指示通り取り付けを行おうと思ったのですけれど、一つだけ既存の物のままにしてあります。」
「……何でよ。」
「先週はまだ体調も万全ではありませんでしたでしょう？そんな時に全ての環境を変えるなど、宜しくありません。自己判断で申し訳ないのですが、ね。」
「少しずつ慣れろ、って事か。……まあ、一理ある。」
「まあ、今日の具合を見るに、もう万全の様ですから、以降はお好きになさって構わないと思いますがね。」

コイツのこういう所も中々に腹が立つくらいに出来ている。
そんな事を思い乍ら、じー、とその顔を見つめる。
割と整った顔立ちで、最大の欠点さえなければ周りに他者も集まるし、モテるだろうに。
最大の欠点のせいで僕がノエルを見つけた時にはノエルは独りぼっちだった。

「おや？惚れ直しました？」
「馬鹿言うんじゃないよ。君に惚れた事なんざ一度とてないわ。」

そんな言葉に「知ってますとも。マリエッタ嬢はあの幽霊少女にベタ惚れなのですし！」って……

「ノエル！！！！！」

多少好意はあったとして、そこまでのつもりはさらさら無いのだが。
コイツは今までも僕の自覚し得ない僕を的確に捉えてきた。

そんな奴がはっきりと言うのだから、きっと僕はレナにベタ惚れなんだろう。

苦笑いと溜息を一つ。
それから整備再開の声を掛けて僕は再び線と線を繋ぎ、ボルトを締め、オイルと汚れ塗れになるのだった。