ENo.0315　リオ・B・ミナスジェライス

バーントイエローの操縦棺の中は、今日も水の流れる音だけがした。
メインモニターに展開したシミュレーション上、何度もなんどもパーツを組み替える。
頭を乗せる。防御値が今ひとつだ、下ろす。腕。腕はどうしよう。しばらく装甲やら焼夷機関砲やら火炎放射器やらを積み替えて、結局下ろすことにした。しかしこれで良いだろうか。砲塔二つでリロードに足りるか？　弾切れを起こしてしまうんじゃないか？
いや、そもそも今回はパイルまで積むのだ。何度やってもパイルが当てられなくてリロードどころじゃなくなる可能性もある。それならパイルを下ろすか？　装甲は重すぎてこれ以上載せられない。でも防御値は諦めたくないし制圧にはできる限り火力が欲しい。パイルならどちらも叶う。攻撃のことは諦めて防御だけに徹するべきだ、おれは盾なんだから。そう言って無理矢理納得しようとしても横槍が入る。あの人の敵を燃やしてやりたくないのか、守りばかりにかまけて殺しきれなかったら、おれはその時どうする気だ？
何度考えても納得がいかなくて、長い長いため息が出た。

【リオ、大丈夫ですか？】

メインモニター端に陣取ったモンテズマが話しかけてくる。

【もう遅いですよ。少しだけ休憩しては？】

時間を見る。日付がもう少しで変わろうとしていた。もうこんな時間だったのかと驚く。
眉間に手をやるとすっかりシワになっていた。

「……そうだな。休む」

目を閉じて、おれは操縦席に身を預けた。おれより少しだけ大きなシートに包まれる。堪えがたい安堵に、また息を吐いた。

【お疲れ様です。面倒ですね、次回の戦場】
「ああ。何しろ100連ミサイルだ。物理防御は固めておきたいが、ドゥルガーがな」
【しかもあれ、後継機でしょ？　一機だけですけど】
「予報通りなら電磁波が高い。いや、ルオシュがコクーンメイデンを引っ張ってくるから確実に上がる。霊障防御も欲しいんだが……」
【……ああ、重いですもんねえ、バーントイエロー】

バーントイエローは大型の重量機だ。高さは20m前後、脚部の長さは大体30m近い。接地している時の安定感は抜群だし実弾やミサイルをはじめとした物理的な攻撃には強いが、この世の物理法則を無視する霊障に対してはかなり脆い。おれに限らず重量機を操縦しているライダーにはつきものの悩みだった。

「『トラウィス』を改良する。何とか持ってくれれば良いんだが……」
【でもドゥルガー硬いですよ、いけます？】
「『テスカトリポカ』で燃やす。燃やしてやる」

思いの外攻撃的な声が出た。
驚いたようにモンテズマが黙り込む。

「すまない、気が立ってる」
【気にしないでください。大きな戦いの前ですから】

仕方ないですよ、と妙に穏やかな声で言う。こいつはAIのくせに本当に器用なやつだ。
おれはぼんやりと操縦棺の中の暗闇を見る。

「モンテズマ」
【どうしました？】
「おれは、耐えられるかな。ミサイルキャリアーは落とせるだろうか。ルオシュは、裏切らないだろうか」
【耐えられるか、じゃなくて、耐えるんでしょ？】

笑いながら、当たり前のことをモンテズマが言う。

【ミサイルキャリアーは、分からないですねえ。でも耐えていればリビーさん達が落としてくれますよ】
「そうだな」
【しかし、ルオシュ君のことを気にされるのは意外ですね。……お父さんの事、思い出しましたか？】
「……ああ、そうだな」

気になっていた。
ルオシュは彼の父を殺したおれ達を「恨んではいない」と言っていた。 あれは本当なのだろうか？
だとしたら何がそうさせるのだろう。辺境の人々のため、という使命感だろうか。それとも父の遺志を継ごうとするためか。
おれだったらならば、土台無理な話だ。
生身だった頃のおれは父が好きだった。もうあの頃のリオとはまるで違うものになってしまった今だって、父を慕う気持ちは変わっていない。たとえ彼が重罪人で、無関係の人々を大勢非道な実験につぎ込んだ狂気の人だとしても。
父を弾劾した人たちは正しかったんだろう。ただ、おれがそれを許せるかというと、また違う話だった。
彼はどうなんだろう？
おれが彼の復讐の対象になるなら構わない。でもおれの僚機に、リビーに牙を剥かれたら（彼はバイオコクーンを墜としている）おれは。
唇を噛んだおれに、なだめるようにモンテズマが言った。

【見た限り妙な動きはありません。それに、ハイドラ大隊の強さは彼が一番よくわかっているはずです。今更裏切るとは考え辛いですよ】
「……そうか」
【気にしてもきりがありません。だから、今は少しでも休みましょう？】

モンテズマの声には、珍しく心配の色が強く滲んでいた。それで自分が、よほど酷い顔をしていたのだと知った。

「分かった。少し眠る。二時間経ったら起こしてくれ」
【分かりました】

だからおれは素直に頷いて、そうしてかつて父がそこに封じられていた操縦席の上で、目を閉じた。




父さん、おれはどこまでやれるだろう。
おれはあなたのように、大事なもののために、どこまで徹底的に、進み続けられるだろうか。

残像領域のあちこちに、以下のようなチラシが貼られている。

《★シトリン・マーケット　仮出店のお知らせ★

　この度、シトリン・マーケット株式会社（以下弊社）は残像領域に弊社運営のコンビニエンスストアを
　仮出店することとなりました。
　つきましては、市場調査のため消費者モニターを募集いたします。

　・住所
　残像領域〇〇地区（通称「ジャンク街」）※※※-※※-※　貸し倉庫マデイラ 103号室

　・出店期間
　先週より臨時店舗を上記住所に開店しています。現時点では終了時期は未定です。

　・参加方法
　上記住所の仮店舗のご利用
　ご利用例：弊社仮店舗でのお買い物、各種サービスのご利用
　※ご利用頂いた感想、品揃え等についてアンケートを実施することがございます。
　※これは市場調査のための仮出店です。アンケート内容は今後の運営のために使用させて頂く可能性がございます。
　　あらかじめご了承ください。

　ご不明な点、お問い合わせ等ございましたら、下記の弊社担当者までご連絡下さい。
　
　・ご連絡先
　シトリン・マーケット株式会社　マーケティング課市場調査部　残像領域担当
　リオ・B・ミナスジェライス
　（ハイドラライダー登録番号　315番　通信番号※※※-※※※※※-※※※）
　※出撃中等、ご対応が難しい場合がございます。その際は折り返しご連絡をいたします。》

■ユニオンについて
・整備メインのユニオンです。
　ユニオン購入は素材+1もしくはAP10%アップが基本となります。

・これといったユニオン活動は特にありません。参加、脱退ご自由に。とりあえずどこかに参加したいという方向け。
　参加希望の方はEno.315までメッセージでご連絡ください。次更新時に承認します。

・ユニオン参加者はコンビニ「シトリン・マーケット」の消費者モニターという扱いになります。ロール上のご利用はユニオン参加／不参加問わずご自由にどうぞ。

・このユニオンでの「お買い物」はロール上のものです。ユニオン購入以外での送金・送品は発生しません。

■店の様子
ジャンク街の片隅にある殺風景な倉庫の一室。
入口のドアの上には黄金色の派手な文字で「シトリン・マーケット」と書かれた看板が掲げられ、ドアには「※仮出店中」というメモ書きが貼られている。

中に入ると、レジに佇む自動人形が元気よく声をかけてくる。「いらっしゃいませ！」
部屋には幾つか棚が設けられ、様々な商品が並べられているが、まだ品揃えは少ないようだ。日用品や飲食物が目につくが、何に使うのかまるで分からないものも見受けられる。
二、三体の自動人形が掃除や陳列を行っているものの、どことなく暇そうである。
壁には「機体整備　ご相談承ります」とチラシが貼られている。

たまに店のロゴを背負ったサイボーグの青年が訪れ、「臨時店長」の名札をつけた自動人形と話し込んでいるのが見受けられる。