ENo.0326　〈家族〉

痛み、沼のような霧。どうしてここにいるのか、妹は、セリーンさんは？
光を背負った父さんの姿、振り上げられるステッキ、母さんの手、怒鳴り声、泣く声、悲鳴、哀願の声、母さん、
痛い、痛い、痛い、ステッキ、風を切って母さんの手ごと俺を打った。何度も、何度も、殴られるたびに光を見た。庭では手入れされた芝生が輝いている。痛い、助けて、殴らないで、
ちがうの、信じて……
俺の口が動いて母さんの声が出た。涙が頬を滑ってくすぐったくて、痛い。「淫売め」ステッキ、痛み、母さんの手が、霧、痛み、悲鳴、父さん、父さん、走った、俺は走って、母さんの悲鳴を聞いて、そう、走った。走って、花瓶を掴んで、母さんが手を伸ばしていたのは、ステッキではなく、俺を止めるためだったのか？
頭から血を流しながら、父さんがぎろりとこっちを睨んだ。
父さんがおじいさんから受け継いだ事業で建てた大きな家、大きな家には立派な庭があって、家族全員の部屋があって、大きなダイニングがあって、折檻室があった。
悪いことをしたら悪いことをした部分を、父さんは罰するという。
折檻室に行くまでの廊下で、鉄の箱になったセリーンさんが掃除をしていた、お坊ちゃま、お坊ちゃま、ごめんなさい、セリーンはあなたを守れませんでした。
花瓶の破片を床に並べさせられた、その前に仰向けに寝そべって、破片の上に腕を置いた。
セリーンさんはプリンみたいだった、灰色か、ピンク色か、よくわからないけど、よくわからない形になったセリーンさんは泣いていた。
泣く声が聞こえる。誰が泣いているんだろう、なんだ俺か、俺が。
父さんは俺を想って涙を流した。わかるね、と言う。父さんは手にハンマーを持っていて、振り上げて




「――――！！！！」
夢の中だというのに、ひどい痛みを覚えて飛び起きた。
霧の中で重たい体を動かして、腕を見る。
もう傷はない、なんとか呼吸を落ち着かせる、そう、大丈夫だ。ここにはいないんだ、腕を掴まれる。
「ユージーン　まだ『反省』は終わっていないだろう？」
血まみれの父親の腕が





「――――！！！！！！！」
ありったけの悲鳴と共に飛び起きる。視界の端に居た誰か、家族の誰でもない人間の驚く声がする。
「うおっ！なんだよ畜生！……もうちょっと静かに起きれねえのか！」
知らない男性だ。体が勝手に逃げて、腕が自分をかばう。
「……ンだよ、ったく。別に俺は何もしねえよ、機体をぶっ壊したライダーをわざわざ持って帰ってやったんだ、感謝してほしいぐらいだね？」
うんざりしたように男が嘯く。機体、ライダー。遅れて思い出す。
そうか、俺はまた乗っていたんだ。唇の震えが収まらない。
「……ア――」
口を動かしても、やはりかすれたうめき声しか出ない。
男はため息をつくと、俺の横にあったケーブルに何かを繋ぐ。それと同時に、何かが開いたような感覚。
「――――あ、声が――」
俺の声をを挟むようにわっと妹と母さんの声がした。一緒の部屋にいた？どこだろう、見回しても誰もいない、隠れてる？随分と狭い部屋だ……

「うるっせえんだよお前ら、切れねえのか？接続……今だけでも、」
お前ら？接続？男が俺の後頭部に手を伸ばし、何かに触れる――
「！！」
鮮烈な痛みが走り、片方だけ視界が一瞬歪む。反射的な悲鳴。唇になにか温かい筋、ぽたりと落ちる音。
「……クソッタレめ、どんなセッティングをしたんだ？触るだけでこれなんてよ……」
ぱっと手を戻すと随分と気まずそうに、知らない誰かに悪態を吐きながら男は俺に布の切れ端を差し出した。
――ぼんやりその布を見ていると、鼻に押し付けられた。ああ、鼻血が出ていたのか。

遅れて起きてきたような頭の中で、ふわりとある不安が俺の手を握った。
家族はどうなっている？自分の体はどうなっている？

ただ無言で射撃する