ENo.0603　K.I.D.

　照明がすべて落とされた中、ネットワーク端末のモニターだけが四角く淡い光を放つ、決して広くはない室内。
　他に家具らしいものは、金属パイプの骨組みに固そうなマットだけが敷かれたベッド、それと電源口の近くに直置きされた電気ポットくらいしか見当たらない。

　ぎっ、と部屋のドアが開き、室内に入ってきた男が、やや覚束ない足取りでモニターへ足早に近づく。
　そこに表示された情報を一瞥してしばらくの後、「チッ」と舌打ちの音を鳴らして、傍らのベッドに座り込んだ。
　そのまま、荒く息をつきながら、小脇に抱えていたポーチを震える手で何とか苦労しつつ開き、取り出した小瓶に入っていた錠剤をざらっと10錠ほど掌に転がすと、水も含まずにそれを一気に口に放り込み、貪るように無理やり飲み干した。
　錠剤を強引に嚥下した反動でげほげほと咳き込みながら、小瓶をベッドの上に放り出し、背中を丸めたひどく神経質そうな体勢のまま、モニターを睨め付けるように見やる。


「くそ……傭兵どもめ、これだけの報酬を出しているのに誰も食いついて来ないとはな。
　どいつもこいつも、単なる勢力争いで汲々としていればいいものを、わけのわからん怪情報に次々と踊らされおって……
　何が『霧の巨人』だ、何が『ユニット』だ……金よりも重要なものを戦場に見出すなぞ、傭兵どもごときにはおこがましいッ」


　がさついたしわがれ声で、男は忌々しげにそう独りごちると、羽織っていた鼠色のコートを脱ぎ去って床に放る。
　続けて、ろくにボタンも留めていなかったシャツを無理やり脱ぎ捨てると、同じく床に放られたそのシャツからは「べしゃり」という濡れた音がわずかに漏れた。

　──男の、モニターから届く薄い光によって露わになったその上半身には、不恰好に包帯やガーゼが何ヶ所にも巻き付けられており、そのどれもが液体を吸って薄黒く染まってしまっていた。
　足元に置かれていたポリ製のバケツから、白い布製と思しきタオルケットを取り出すと、男は無造作に汚れた包帯だらけの身体を拭い始める。
　高吸水性らしいそのタオルケットが水分を吸ったところの包帯を、やはり乱暴にむしり取っては床に放り捨ててゆく。


「まだ代謝異常は薬でごまかせるが……そろそろ皮膚組織が限界だな。
　再定着が失敗して一度腐り始めたら、もう手遅れになる。時間はない……くそッ」


　青ざめた──を通り越して、もはやどす黒い顔色を苦痛に歪めながら、男は震える手でポーチから携帯端末を取り出す。
　迷うことなくいくつかのアイコンをプッシュしていき、やがて最後のボタンを押し終えると、深く息をついて端末をベッドに投げ放った。


「こうなったら、おれが自ら手を下すほかあるまいな……
　無人機での襲撃の手はもう通じないだろう。直接奴らの身柄を押さえて、口を割らせるしかない。
　……くそッ。こんな辺境のふざけた領域でさえなければ、もう少しは『仕込み』が使えたものを……」


　顔の半ばまでをばさりと覆った前髪を、忌々しげに手で払う。
　その両目は、充血した上に黄色く変色した眼球と相まって、異様なまでに冥いぎらつきを放っていた。


「……絶対に、返してもらうぞ──ケイン。
　“アレ”は……『Ｃ・マトリクス理論』の成果は……おれのモノだ。必ず貴様から奪い返してやる。
　かつての《栄光》は、私の手柄だ。貴様のモノじゃない……

　出来そこないの、弟のまがいものめ……ッッ！」



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「……どうやら、うまく“死ねた”ようだな。キャプテン──いや、“Ｊ”。
　ならば、私も動かねばなるまい」


　どこかで、誰かが、そう呟いた。


「クリスト──我が最高の親友の仇にして、私自身の仇よ。

　お前に見せてやろう。古き“技術”を凌駕する、新たなる“才能”の持つ可能性を。

　そして、“風の魔剣”が私に遺してくれた『復讐の道標』──

　その、果てを」

赤茶けたカラスが項垂れたように佇むエンブレムが印象的なユニオン。

入団申請フォームには「初めての傭兵業にも充実のサポート♪」「動物モチーフのコールサインを推奨♪」などのフレンドリーな文言が並んでいるが、結成以来その申請フォームが一般に開放されたことは一度も無い。