ENo.0689　Gyro Quay

「もしああだったなら」

誰しもが思う可能性の残滓。
無限の可能性は無限の「if」を遺し、虎視眈々と人を狙う。

今を生きる強い心は無敵だ。
進み続ける限りその盾はあらゆる惑いを退け続ける。

だが一度脚を止めれば。
一瞬の気の迷いで後ろを振り返れば。
可能性の残した「if」が足首を掴む。

最近調子が悪い。
乗り越えがたい困難が目の前にある。
気分が乗らない。
自分はこのままでいいのだろうか。

あらゆる心の綻びに、「もし」が流れ込んで隙間を満たす。
どんな苦悩へもアンサーとして心地よく応える存在。

可能性とは温かな猛毒だ。
一度過ぎ去った「if」に飲み込まれた心は、痛みを感じさせる事なく脚を腐らせる。


霧の世界は可能性に満ちている。

もしアレを避けていれば。
もしあそこで狙われていなければ。
もし、あそこで命を惜しんでいれば。

ここに行き交う残像は、不運の先で希望の「if」に繋ぎ止められた美しい蝶。
いつまでも輝きを失わず、そこにあり続ける存在。

そう。「そこ」にあり続ける。

前に進み続けるライダー達の隣にいるようで、決して歩みを進める事はなく。朽ち果てる事もなく。
自身が標本となって「あり続けている」事にも気付けない、美しい亡骸。

可能性は残酷だ。この世界は悪趣味だ。

ならば救おう。生かす事も殺す事も出来ない、無限に苦しみ続ける彼等を救おう。

救いとは新たな命ではない。無限の希望でもない。
彼等を縛る「if」を砕こう。
届かないから永久に求め続ける「if」を彼等自身に握らせよう。

それがとても残酷な結末だったとしても。
そこに「if」など存在しなかった事を明らかにしても。

手の中で握り潰された蝶の標本を見つめ、彼等の「無限」はそこで終わりを迎える。
「終わり」もまた救いである。「諦め」もまた救いである。

彼等を救おう。無限に輝き続ける地獄から開放し、清々しく最期を差し出そう。

……まずは、目の前の一人から。

チャンネル回せば世界が回る。

世界が回れば皆解脱。

さぁめくるめく電波の濁流を廻ろう。
君の脳髄を脅かす 嵐の奔流に呑まれよう。