ENo.0647　有明

この残像領域でも、勉強は欠かせない要素だ。
戦況推移による霧濃度変化の予測、アルゴリズム的な戦術立案。
いくらでも枚挙できる。そのどれもが勝つための要素だ。

だというのに。

「……。」

なんであの子は僕の部屋に押しかけてごろごろしているんだ。
自分の部屋でいいだろ。わざわざ一人で勉強してる僕のところに来る意味はあったのか？

『そういえばさー、あの話聞いた？』

なんか話しかけてきたし。僕は「なんの話」と無愛想に目線も向けず返す。

『ギルデンロウのー』
「要件の概要だけを簡潔に話して」
『つよい　せんじょう　いく』

殴りたい。

『聞いたのでしょう？どう思ってるの？』
「どう、って何を訊いてるの」
『この戦場に期待するものとか、何がほしいのかとか』

僕は小さく息をつく。
ギルデンロウにも同じようなことは言ったが、そんなの最初から決まってる。

「僕が死んだら面白いなって思ってるよ」
『死なないものね』
「死ぬのは僕じゃなくて他の誰か……」

変わらず視線は向けないまま端末を弄ってると、頭に何か重みを感じた。
不機嫌さを隠さず目線を上げると、そこには彼女の顔があった。

「……何？」
『別に』

じゃあ何なんだ、と言いたいところだが。
まあ気にしても仕方ない。諦めて勉強を再開する。

『私も貴方が死ぬとは思ってない』
「僕の頭に顎乗っける必要あったの」
『ない』
「……」

何度も言うが気にしてない。

『それで、死んでみたいの？』
「別に」

僕は問いに対して、さっきの彼女と同じように返す。
別に特に理由があったわけじゃない。なんとなくだ。

「死ぬのは怖いよ。でもどうせ死なない。それだけの話だ」
『それもそうね』

頭の上にあった重みが消え、ベッドが軋む音が聞こえる。
僕はやっぱり視線は向けず、端末を弄って勉強を続ける。

「おねーちゃんはまた生存優先なんでしょ」
『作戦次第、ね』
「たとえば？」
『何しても死なないと思った時……』
「おねーちゃん自身の考えなんてあてにならないと思うけどね」
『なかなか根に持つじゃないの』
「当然でしょ」
『でも私はこうして生きてる』
「死にかけたけどね」
『死ななきゃ安いのよ』
「だから勝手に死にかけていいわけじゃないけどね」
『大丈夫だってば』
「どうだかね」

僕は大きくため息をつく。
こんな応酬に何の意味があるだろうか。
きっと意味なんてない。
何を言っても、あの子は変わらなそうだし……

『…………ってよね』

……。

「聞こえなかったからもう一回言ってくれる？」
『何も言ってませんー』
「ほら。はやく。」
『しらない』
「言ってみなよほらほら」
『そういえばガレージに注文品届いてたっけなー見てこないとなー』
「言えないの？」
『言う必要もないしね』
「言わなくても守ってくれるから？」
『そうかもね？』
「ふーん……」
『じゃ、そういうわけでね』
「僕も行く」
『今やってたのは？』
「歩きながらでもできるし」
『そっか』

ま、少しぐらいは認めてあげるよ。

太陽は此処に在り。