ENo.0160　ルーゼンエッタ

　ニゲラ会館の格納庫に戻り、ルーゼンエッタは“マリア＝ローザ”を見上げる。
「……ルゼ」
　外部カメラが動き、“視線”がルーゼンエッタと合う。スピーカーから漏れてきたのは、困ったような、申し訳なさそうな、そんな“ヴェロニカ”の声だった。
　緩くルーゼンエッタは首を振る。そしてハッチを開けてくれるようにヴェロニカに頼むと操縦棺に乗り込んだ。
　深く、息を吸って、吐く。
　この操縦棺は紛れもなくヴェロニカの気配がする。守られている、と思う。愛されているとも。
「ねえ、ロン」
「……なぁに、ルゼ」
　自分でも随分穏やかな声が出ていると思いながら、モニターに映るヴェロニカを見てルーゼンエッタは言葉を探す。
　何をどう言っていいのかわからない。
　言いたいことは沢山あるはずなのに。
「あのね、私。わたし――」
「……」
「ロンの事が、大好きだわ。今までだって、これからだって」
「……」
「これからまたロンが居なくなってしまうって思うと、とても怖い。すごく怖いし、悲しいし辛いし、切ないわ。出来ればずっと一緒にいたいし、この世界を見てみたい。だけど――貴女はそれを、望まない。いいえ、よしとしないのね」
「……」
「解っているのよ。ロンが私と同じだってことは。だって、私とロンの事だもの、解らないはずがないじゃない。私たちは――ずっと一緒にいたかった。だけど――“ロン”はもう、いないものね」
「……ルゼ」
「勿論、貴女だってロンだわ。二人目のロン。私の大事な人。だから、だから――」
「……」
「今まで、ありがとう、ロン。また私に会ってくれて。命を繋いでくれて。――ちゃんとお礼を言う機会をくれて」
「お礼を言うのは、私の方よ、ルゼ。私は――」
「いいのよ、ロン。お互い様ってことにしましょう？　私はまた、貴女に会えただけで幸せだったわ。きっと貴女と同じように」
　そう言って、モニターに映し出されたヴェロニカに向かって微笑みかける。
　少しでも、自分のために消えると言うヴェロニカの餞になるように。
　一緒にいたいとやはり思う。どうにか道はないのかと思う。マリア＝ローザを作った組織から来る人間を軒並み殺せばなんとかなるのでは、と思う。もしくは自分の携帯端末にヴェロニカを移し替えて――。だけど、それらをヴェロニカが望まないのなら、それは意味がないことだ。
　ヴェロニカはいつも自分のことを考えてくれていた。組織にいた時から。組織を抜け出した時も。こんな身体になってまでも。
ならば――自分は報いるべきだ。
「“私は貴女を裏切らない”」
　なんども重ねた約束を口にする。
　お互いを縛るそれ。
　呪いのような、祝いのような――それでも、その言葉は絆だった。
「だから、ちゃんと幸せになって見せるわ。ロンのいない世界でも」
「……そうね。“貴女は私を裏切らない”。――ありがとう、ルゼ」
ヴェロニカの声は、震えていた。ルーゼンエッタは知っている。ヴェロニカは泣けない子供だった。泣かない代わりに、何かを堪えて押し殺したように出す声が、ヴェロニカの涙の代わりだった。
「ありがとう……」
「いいのよ。だから安心して頂戴。――私は、もう、大丈夫よ。ロン」
そっとモニターに映るヴェロニカに手を伸ばす。額を合わせて、鼻の頭をすり合わせるようにしながら。
「大好きよ、ヴェロニカ」
「私もよ、ルーゼンエッタ」

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