ENo.0328　"Canary"

「……馬鹿な子」

出撃していく小さな背中を見送りながら、アデラはそうつぶやいた。
これから少女が目指そうとする先は、その存在さえ怪しい場所だ。
実験的手法に自らの命を委ねるそれは自殺行為と言っていい。

――それも今更なのかもしれないわね、あの子にとっては。

棺が閉じるとミストエンジンが始動し、霧が噴き出す。
白い流れは扉の向こうの青空の下で文字通り霧散していく。

彼女の知る二人の迷い子はよく似ていた。
真面目で融通が利かなくて、自分をごまかすこともできず、あきらめが悪い。
同胞を救い出そうとした男と、帰る家を求め続ける娘と。
どちらも少し目をつぶるだけで、霧の中で仮初の幸せを得られたはずなのに。

鳥の姿をしたハイドラがなめらかに動き出す。
今日の目的は次元潜航中の操作訓練といったところだ。
鍵となるパーツはまだ完成していない。

そのパーツとなるべき少女は、ブースターの音を残して飛び立っていく。
澄んだ空に描かれた航跡雲が、すぐに途切れて消えていった。

たとえば、帰り道を見失った山中の崖から。
あるいは、あたたかなベッドで不思議な夢を見ながら。
もしくは、道路を走るトラックの前から。

自身が望むと望まざるとにかかわらず、
残存領域に入り込んでしまった子供たち。

彼らのほとんどは身寄りもなく、
何の後ろ盾もないまま霧深い戦場を彷徨う。

彼らが還る場所はもう、霧の中にしかない。