ENo.0338　ドランカー

【Ending】

薄暗い自室に戻ると、コートを投げ出し、酒を呷る。
椅子に深く座り、酔いに身を任せても、あの頃のように何かを見る事はない。

あれは、湿気の含んだ重い空気が見せたただの幻だったのではないかとすら、今は思う。
幻にまどろむ事を許さない世界になった――そう考えてみると、世界は今日も酔っ払いに厳しい。


――あれから5年が経った。

ハイドラライダー大隊は戻ってきていない、という事になっている。
しかし、本当は戻って素性を隠して暮らしている者も少なくはないだろう――自分のように。

あれだけの大事件、生き残って戻ってきたというだけでも英雄扱いだろうが、しかし名声よりも付いてくる厄介ごとの方が多すぎる。
そもそも、酔っ払いライダーの言葉に誰が真面目に耳を傾けるのか。
大体、そんなに多くを知ってはいない――とまで考えて、笑みが浮かぶ。

そうだ。あの場で自分は、好き勝手な理由で戦い続けただけだ。
あの戦場で出会った奴らも、皆そうだ。大層な大義などない。
放送されている内容、英雄とはかけ離れた奴らばかり――そう思うと、無性に面白かった。


しかし、今のこの生活も悪くはない。

ハイドラライダーの仕事は減ったが、一度受ければしばらくは飲んで暮らしていけるし、どれも子供のお使い程度の難度だ。
”相棒”に任せて寝ていたってやれる――それを許してくれる程、優しい相棒ではないが。

―――
――

《起きてください、マスター》

女性の合成音声に目を醒ます。

5年で変わった物。
大分マシになった相棒の声と、部屋にいてもそれが届くようになった事。そして、天気と同じく人のまどろみを許してくれない事。

「なんだ、人が気持ちよく寝てたってのに」

不満の声をあげる。
しかし対する相棒の声は、人に近づいたのに優しさの欠片もない。

《あれから丸1日経過しています。次の仕事です》

「ああ？
……まったく、誰だ、こんなに仕事を入れやがって。片方だけでも食っていけるだろうが」

それどころか、次の声は少し苛立ちに似たものが混じっていた。
合成音声のアップデートにはバグでもあったのだろう。マーカスのやつに修正を依頼しておこう。

《いいえ。いいえ、パーツ更新時期です。
新しい反重力装置を組み込んだ飛行ユニットが発売されます。
私の体にはそれが必要です》

ああ――マーカスには十分文句を言ってやろう。

相棒はすっかりハイドラ弄りが趣味になってしまった。
あの頃と違って安くはない。しかし、頻繁に新技術が更新される事もない。
だからこそ、新作に敏感で、言い出したら聞かない。

「オーケー、マリー。
ただ、大体の面倒は任せるぞ。お前の体だって言うなら自分で稼げ」

肩を竦めてそういうと、はい、と喜色の混じった声が返ってくる。
やれやれ、まるで子供だと、部屋を出た。


後には、酒の匂い。

恰幅のいい40歳の男が経営する小さなハイドラ用のジャンク屋。
小さいながらもパーツの揃えはよく、そこそこ繁盛しているようだ。

長年やっているだけあって残像領域の情報やハイドラライダーの噂話に敏く、それを目的にやってくる客も居るらしい。

立ち寄る事があったら世間話でもしてみたらいかがだろうか。