ENo.0384　アレン・オブ・ダストシティ

　アレンは格納庫で目を覚ました。あたりはがらんとして寒く、真っ暗だった。モニターだけが緑色の光を放っていた。彼はこれまで、ハイドラを組み上げるのに必要な計算はここでしてきたし、今もしているところだったのだ。明日はあの『リグ・ドゥルガー』と戦うのだ。アセンブルは難航してまとまる気配を見せなかった。それでつい、眠り込んでしまったに違いな――

　――――そんなはずはない。

　強烈な頭痛が襲った。アレンはあまりの激痛に頭を抱え、しばらく動くことができなかった。その記憶は、あまりにもはっきりとしていた。暗い格納庫と対照的に、色と光に溢れていた。

青空。逆光で黒々と、死の影のように翼を広げるリグ・ドゥルガー。
そして、最強のハイドロエンジン・マキシマスーパードライブの光。
自分が、全てを塵に帰するほどのエネルギーの直撃を受けたこと。
しかしハイドラにはまだ超常の力が備わっていて、それでも塵にならずに戦い続けたこと。
アレンの肉体は既に致命傷を負っていたが、戦闘をやめる理由にはならなかったこと。
「死にたくない」と思ったこと。
その先に、あのドゥルガーが、遂に――

　夢であるはずがなかった。

　あの時、ドゥルガーが次元を大きく揺るがした。今では、はっきりと思い出せるようになっていた。何が起こったのか、アレンはそういうことを推測できる知識を欠いていたが、それでも、あの振動の影響で、ここに帰ってきてしまったことは間違いないと信じることができた。

　痛みが引いていき、完全に収まってしまうと、後には闇だけが残った。なぜ自分がここに戻ってきてしまったのか、アレンには分からなかった。本来なら、生きられたことを喜ぶべきなのかも知れない。しかし彼には、全てが場違いにしか思えなかった。今、この時より、あの戦いの記憶の方がずっと鮮烈なのだから。自分が亡霊にでもなったように思われた。ここで、これから何をすればいいというのだろうか？

　アレンはもともと、死と隣り合わせのような戦い方とは距離を置いてきた。ハイドラライダーとしていささかの天分はあったが、もともとジャンク屋という商売をしていたから、ライダーを一生の仕事とは見なしていなかったし、いつかは稼いだ金を抱えて辞めるつもりでいた。その後は、そう、例えば企業でも起こすのは悪くなかったかもしれない。傲慢な企業連盟を尊敬などしていなかったが、それでも、企業は彼にとって理解可能なものだった。どうせなら、自分が上に立ってみるのもいいじゃないか？

　しかし今は――。

　人の精神はと状況に順応する。死ぬ前は死にたくないと思っても、死んでしまえば、そういうものだと思うだけだ。空の青よりも鮮やかな死の記憶を抱えて、企業経営などできる気はしなかった。生き残ったとしても、おそらく隠者のような生き方しかできないだろう。アレンはモニターに向き直った。今の自分にできることは、もう一つしか残っていない。

　もう一度、自分が死んだあの時、あの地点に行くこと――。それが最も自然なことだった。

　自分が死んだ場所へ戻れるかは分からなかった。アレンのもともと配属されたブロックは優勢に戦いを進めていて、さしたる危険はなかったからだ。彼は別のブロックで死んだ。今回も同じように援軍に行き、同じように危機的状況に陥るとは限らない。アレンにもそのことは分かっていたが、特に問題だとは感じなかった。他にやることなどありはしない。どうせなら、今度はもう少しうまくやってやろう。

　これまでのアセンブル計画はすべて破棄した。一発でも多くマキシマドライブの臨界発動に耐えるか、避けるかするための機体を作らなければならない。命が惜しいわけではなかったが、ドゥルガーに対抗するにはそれしか考えられなかった。闇の中で、アレンは作業に没頭していった。

　アセンブルが完成した時には、既に夜が明け始めていた。霧があったときは、こんな時間から明るくなることは滅多になかったのだが。アレンは外に出た。思い切り伸びをし、腕を回したり、跳ねたりしてみた。ほとんど寝ていないはずだったが、大した疲れはない。まだ少年と言える年齢なのだ。日射しが目を灼いたが、彼はそれを手で遮ったりせず、空をまっすぐに見やった。

　自分が完成させたアセンブルのことを考え、アレンは苦笑した。あんなことをしていったい何になるのだろう。彼が作るのは、最高の耐霊装甲と回避能力を持つ機体。しかしそれは生きるためのものではなかった。自分は少々常軌を逸している。死んだはずのところを二回も生きたって、おかしなことを考えるようになるだけで、大して良いことにはならないのだ。以前は分からなかったメルサリアの気持ちが、少し分かったような気がした。

――あいつは、あんなに長く生き過ぎたから、ドゥルガーなんて造っちまったんだ。
次はもう少し、長持ちする機体を持っていくぜ。そのほうがあんたも遊べるだろ。
どこか……、どこかに、あんたと一対一でやり合える戦場でも、あればよかったんだけどな……。

　機体を組み上げる作業がまだ残っていた。とはいえ、何度もやってきた作業だから、そんなに大変ではない。出撃までには十分間に合うだろう。アレンは東の空に背を向け、格納庫へ入っていった。

ジャンク取引で有名な街、ダストシティの巨大市場。
霜の巨人や生命の禁忌の騒ぎの折には閑散として
ほぼ市場の機能を失っていたが、今ではすっかり
かつての賑わいを取り戻しているようだ。

アレンは、ハイドラライダーになった後も
この市場をしばしば訪れていた。
訪ね歩けば、彼のことを覚えている人を
見つけられるかもしれない。

しかしここにアレンはいない……。