ENo.0683　オスカー・ヘンズレイ

Say a name～成層圏の配信者


　皆さんは、かつて英雄と呼ばれた男を覚えていますでしょうか。
その男の名はバート・スレイン。そう、数多の戦場を駆け抜け……そして死んでいった男です。

　当時、軍の本営からは西部森林地帯での戦闘において戦死……と発表されました。
ですが私はブロードキャスターとして、また一人のファンとして彼の活躍を追っていましたので
彼の搭乗機が当時規定総点検中であったこと等から、本営からの発表に違和感を抱きました。

　そして地道に情報や証言を集め……事の真相に辿りついたのです。

　救国の英雄バート・スレインは開発局の倫理無き非道の人体実験によって命を落としました。





「……うーん、目をつけられないようにってなるべく政治色の出ない……街の面白スポット案内～♪とかの
かる～い配信ばっかりやってたから……こういうお堅い感じのってどうやったらビシっ！と決まるのか……むむむむむ」

　ジュディは文字を打つ手を止め、すでに冷めて久しい香茶の入っているカップに口をつけた。

「開発局の、ギア操縦の新システム開発。競合していた複数の研究所。
戦時下でガバガバになってた倫理観…………そんな派閥争いに、バート様が……」

　情報をまとめるのに考えていることを声に出して呟くのはジュディの癖だったが
お気に入りのカップを割れんばかりに握り締めていたことに気づいて手を離す。

「でも、その時はまだバート様は生きていた。あの所長さん……顔も言葉もキツかったけど
本当はとても優しい方なんだろうな……そうでなかったら、自分が留守の時に部下が暴走して起こした不始末の
責任取って、しかもとてもひどい姿になってしまっていたバート様を密かに引き取って……」

　見せてもらえた過去の診断書に綴られていた内容は、思い出すだけで血の気が引くものだった。
だが、ジュディはその詳細までを報道する気にはなれなかった。
報道者はショッキングな情報を煽るだけのただの野次馬になってはいけないと思っているからだ。
それに元所長が証言してくれた話の内容から、理不尽に奪われてしまった尊厳を少しでも取り戻そうと
尽力していたことが窺えたから、それで充分だと思ったからだ。

「それでも、生きていたバート様に会いたかったと思うのは私の未練だったのかしらね……」

　戦死したと発表されてから一年半、非道の実験の結果として脳から直接指示を出す装置を埋め込まれていた彼は
遠隔操作で動かせるロボットで元所長の娘の世話係として相手をしていたらしい。
戦争ですっかり心を閉ざしていた娘から笑顔を取り戻した頃、元所長の研究を狙っていた敵国の特殊部隊から
二人を護って屋敷ごと自爆したという　その壮絶な最期に思いを馳せずにはいられなかった。



　終戦からもう３年。戦後の混乱に乗じてあちこち駆け回ってどさくさにまぎれて集めた
各方面の証言音声データ。それを文章に起こして紙媒体へ打ち出した書類、
戦時に所持してるのがバレたらトテモヤバイ機密書類。そして……

　ジュディは一枚の写真を手に取った。穏やかに微笑む女性と笑顔の少女……


　「オスカーさん、あなたの娘さんね……生きていたわよ。市街戦に巻き込まれたショックで
自分の名前も言えないくらい混乱していたらしいの。それをね……所長さんがスミレという名前をつけて
養女として引き取っていたんですって」

　ほんの一回会ったきりだったけど、尻を揉まれたり色々と脅かされたりしたけれど、彼のおかげで
ここまでの真相にたどり着けた事は確かだった。

「スミレ……ええと、ミレナさんの事についてはオスカーさんから写真を貰っていたからわかったの。
所長さんも感謝していたわよ。本当の親御さんのところへお返ししたいって言っていたんだけど……
オスカーさんったら意外にせっかちなのね。今頃天国で奥さんに怒られてるのかしら」




　ジュディはふう、と息をひとつつくと再びモニタに向かって文字を打ち始めた。
英雄に憧れてブロードキャスターを目指し、今　英雄の名誉を取り戻す為のスクープを配信するべく準備を整えている。
成層圏まで響くような……ストラトキャスターを目指して。