ENo.0382　トレーニィ

エージェントが任務の為、その地に降り立つ前に。
先行して情報収集や拠点の下見をしてくれる人達がいる。

「どもー、C.R.デリバリーでーす」

二人の拠点に週一で訪れるこのお兄さんも、その一人。
ディヴィン・ニコラス。
短い癖っ毛と愛嬌のある緩い声が印象的な人で、任務先によってはその特徴もちらりと変えている、らしい。
ここでは癖のある喋り方を正す必要がなく楽だと、最初の定期の際に言っていたのを思い出す。
レニ達がここに来てからも、支給品の配達や情報の受け渡しなどを引き受けてくれている。

「相変わらず辛気臭いっすね、仮面の旦那は。レニちゃん、息苦しくならない？」
「慣れっこですので！」
「はは、えらいえらい。飴ちゃんあげようねえ」
「きゃー。糖分ー！　いつもありがとうございます！」
「ってわけで、頼まれたもの持ってきやしたよ。ほい、レニちゃんの特注のツナギ」

そういって差し出された箱から中身を取り出し抱きしめる。はあん待ってましたー！

「ほらダイナさん。《フォーニーズ》製の特注品ですよ！ 似合いますか？ 素敵じゃないです？」

広げたそれを肩の位置に合わせ、くるりと回って見せる。
仮面の向こう側の表情はいまいち無感動だけれど、律儀に見てくれるところがダイナさんだった。

「……一見ただの作業着に見えるが、ポケットの収納性に通気性、耐火性にも優れている一級品。
　何よりもオーダーメイドで一人一人の体格に合わせて仕立てているからこそのフィット感が多くの技師の憧れ、だそうだな」

「流石ダイナさん！ これまで幾度となく聞かせてきたフォーニーズ愛を覚えていてくださってたんですね！」

フォーニーズ社。レニを始め一部の技師たちの間でコアな人気を集める会社さんで、
家族経営で小さいけれど、扱う商品に対する熱量は本物。作業着や手袋は機能的で丈夫、通気性吸水性耐火性抜群。
どうしたってレギュラーサイズの合わないレニが駄目元でオーダーメイドを切望した所、
お手紙つきで叶えてくれたとても素晴らしい会社さんなのである。
そんなんずるい、好きになるしかない。
その日は嬉しさのあまり作業着を抱きしめて眠り、今と同じことをダイナさんにして見せ、同じ無感動な感想を頂いた。

「あれだけ念仏のように聞かされていれば、嫌でも覚えてしまうというものだ。
　……余計なことに《配達屋》を使うなと言った筈だが」

「余計な事じゃないですもん。 レニ的にはひのきのぼうが天空の剣になるぐらい大事なことです。
　それに、お願いしてたのはこれだけじゃありませんしー。」

レニ的にはツナギがメインだけれど、お仕事的にはもう一つの方がメインだった。

「そうそう、レニちゃんは旦那が思ってるよりもずっとしっかりした子なんだぜ。
　本命の調達はこっち、《夫婦石》だ。残像領域じゃ手に入らないもんでな、報告がてらちょっくらくすねて来たってわけ」
「わー。いつも後ろ暗いナイスなお仕事をありがとうございます！ 」
「どういうことだ、《配達屋》。僕は何の報告も受けていないぞ」
「ちゃんと上層部に申請は通してますよ。探索に同行する以上、戦場での通信手段は必要不可欠ですから。あの日の内にお願いしてたんです」

夫婦石、というのは、吸収した音を独特の音の波に変換して、共鳴する石にのみそれを伝えると言うとても不思議な特性を持つ石で、
共鳴しあうのが必ず一つずつである所から、ペアでの任務の通信用に重宝される事が多い。

「傍受の対策は暗号での通信、という話だったと記憶しているが」
「……レニなりにことを効率良く進めようとした結果なんだと思って下さい」
「あれまあレニちゃん、まだ覚えてなかったんだ、暗号」
「うー。ハイドラの整備とかー、霊障の検証とかー、やることいっぱいあるんですもんー」

このまま録に覚えられないまま戦場であれなんだっけ、なんてなってられないじゃないですか。
情報の伝達はスムーズ且つ確実が一番！

「やれやれ……まあいい。傍受の心配がない専用回線を作戦に組み込めるようになったのは朗報だ。これ以上は不問にしよう」

「わーいダイナさんのそういうところ大好きです」
「旦那の数少ない長所だからね、良かった探しが出来るところ」

色々なものが、あちこちばらばら転がっている。
どこに何があるか、部屋の主は把握している、らしい。