事前情報の地点まであと約20分。
甲殻類と蛞蝓をかけあわせたような、あゆりの感性では、気持ち悪いとしか形容のしようのない生物兵器らは、予測よりも早くその勢力を伸ばしているようだった。
「ここまでで平気。出ます」

開け放たれたカーゴトラックに、霧がのしかかる。
飛び交う電磁波は、生身にも響くようだ……舌にぴりぴり味さえする。
いかにも残像領域らしい日だと思う。

「3……2……1…… GO!」

滑走をほとんど必要としない離陸。魚が海の中で海面に浮かび上がるように、視界をほとんど遮るほどの霧の中、上昇は容易い。
そしてブースト・ファイア。加速。
頬を撲つ風、冷え冷えとした……

(ブレード展開、接近。秒の単位も要らない、振り返る要もない。
旋回。噴霧。加速。)

神経液に浮かぶ身体と、霧に浮かぶ機体。
霧と電磁波溢れ、何も見えない。音さえ遠い。ただ膚に、この鱗に、風がなぞってゆくのがくすぐったい。
この境界、越えようのない境界を、無限に薄くしようと、わたしは泳いでいたのだろうか、霧の中を。

「反応消失。先生、いこう。“爆心地”はあっちです。」

キリウヅキの速度なら、瞬きの間に飛び越せる距離。その距離を、少しだけゆっくりと進んだ。
霧はしんしんと深くなる。(そう思える。)
電磁波はこくこくと強くなる。(そう思える。)
いろいろのものが曖昧に、確定のされないものになってゆく。
教えられたこと、こうだと思っていた未来も。

そして確かなものだけが残る。
この意思だけ、隣にいるものだけ確かなら。
ほんの目前が見えなくてもそれでいい……そのほうがいい……、

わたしはそうして霧を泳ぐ。



（砂嵐画面。サーーーーーという雨に似た音。
　パシ、パシ、と、横一文字の波が走り、画面の焦点が合う。
　30過ぎの女の顔。長い紫の髪を適当に編んでまとめている。）

ハロー、あゆり！
今、あゆりのことを思い出してたよ。初めて会った時や、ここを発つまでのこと。
ずいぶん、変わったね。
いや、本当の性格に戻ったって言った方がいいのかな？
あゆりは真面目だし、自分で考えられる子だから、そっちに送っても大体は大丈夫だと思ってた。
ただ良い子すぎるから、そこが不安だったのよ。
だからね。嬉しい。本当によ！
悪い男に捕まるだとか、プレッシャーで潰れるだとかの心配がなくなったんだから。

ただね、あゆり。
その機体は必ず返してもらう。
半年後か、一年後か、明日にでもか、それを決めるのはわたしじゃないけどね。
その日が来るまでに自分から帰る気になってくれたなら、わたしはもっと嬉しいかな……。
じゃあね。また会おう。