ENo.0128　ジグノード・アストランド

薄暗いラボの中は、隙間から入り込む霧のせいで尚一層陰鬱とした雰囲気に包まれている。
時折ばち、ばち、と整備機械からはじける火花がラボの中を照らすも、
ラボに満ちた湿った空気を晴らせるハズも無く―

「えぇいクソ、何だってんだ…。これだからライダーってのはよ」

誰に向けるでも無い言葉が反響し、それがまた彼の苛立ちを募らせる。
先の戦闘で己は、己の研究成果は十分な戦果を残した。
被弾も無く、敵対勢力への攻撃に関しても何の問題も無い。
今までの戦果からすれば上々と言っていい。

それでも、彼は今こうして不機嫌そうにがりがりと頭をかいて唸っているのだ。
理由は彼以外には分からないかもしれない。
けれども、彼はあの戦闘結果では「足りない」と思ったのだ。

「なんだ。何がイケない…？俺の操作ってのはまぁわかる。それだけなら良い。許容範囲だ。
　だがそうじゃない。奴らは確かに―俺のハイドラとは動きが違った」

機体に備え付けられたレコーダーに残っていたのは、戦列を並べたハイドラ達の鮮やかな活躍だった。
人を模して造られた棺は、その中に「心」があってこそ初めて「ハイドラ」足りえるのだと。
故に、己が操るのは真の「ハイドラ」足りえず、ただのガラクタではなのだと。

言外にそう突きつけられている―彼はそう感じていた。


それだけで殊更に飯がマズくなるというのに、今回に至ってはそれだけではない。
見るからに「人が乗っていない」ハイドラまでもが、己の機体とは一線を画する動きをしていたのだ。


―自立思考を可能とする人工知能を搭載した全自動ハイドラ


そんなものが一線級であってたまるかと。
「人」に負けるならまだ許せた。
だが違う。今回は「機械」に負けたのだ。


己の命を投げ捨てる愚か者共に見せつけてやろうと、日々開発を続けてきた遠隔操作ハイドラ。
人生の半分近くをかけて己が心血を注いで作り上げた夢の結晶を、
「たかだか機械が」
あっさりと踏み越えていったのだ。

苛立たし気にデスクに拳を叩きつければ、乱雑に散らばっていたパーツが音を立てて床に転がり落ちる。


「…まだ、終わりじゃない。一度負けたくらいで…いや、そもそも俺はまだ負けてねぇ筈だ」


ぎり、と音を立てて奥歯をかみしめ、絞り出すように紡いだ言葉は空しく陰鬱な空気に溶けて消えていく。

「まだ、まだ足りない…。スタートラインにすら、立っちゃいない」

顔を上げれば、ドックに鎮座する己が愛機がそこにある。
次なる戦場こそは―

彼の夢も、思いも、霧の中に溶けて戦場へと運ばれていく。