ENo.0261　Solitus

ソーナには、両親と過ごした記憶が存在しない。ソーナがこの世に生まれることができたのだから確実に存在はしているのだろうけれど、ソーナは両親の顔を覚えていなければ名前も覚えていなかった。
物心ついたときには既に機械塔の中に押し込まれていて、ほとんどの生活をその中で過ごしてきた。身の回りのことは国の使いを名乗る大人が全てしてしまって、自分で何かをするということがほとんどなかった。食事を作ることも、自分で今日着る服を選ぶことも、使いの大人が全てしてしまった。
そうするうちに、ソーナは自分一人だけではほとんどのことができない子供になってしまっていた。それが異常であることは、ある夜、ふらりとソーナの前に現れたカナエが教えてくれた。

狭い機械塔の中しか知らなかったソーナを、外の世界へ連れ出してくれたカナエ。
ああもうなんて口にしながらもソーナに様々なことをさせてくれるカナエ。
ソーナは、カナエとの生活を気に入っている。

「……んー……」

前回の出撃の翌日。ソーナはソリトゥスと共に現在の滞在場所である打ち捨てられた倉庫の中で、ぼんやりとチラシを眺めていた。
ソーナが手にしているチラシはユニオンの参加者を集めるために作られたものがほとんどだ。以前の出撃のあと、今は買い出しに出かけているカナエが集めてきた。
どうでもいいが、前回の出撃で農場の破壊を命じられたが、結局ただの植物実験場だったらしい。あの農場で実験をしていた人々には悪いことをしたなぁ、なんてソーナはぼんやり考えている。

「……滞在場所を提供してくれるユニオンもいろいろあるんだ……」

ソーナとしては、カナエがいるのなら別に滞在場所がここでも構わない。
けれど肝心のカナエがずっとこの場所を滞在場所にしたくないというのだったら、ソーナも滞在場所を探すのを手伝うつもりだ。
故に、こうしてチラシを眺めてみているのだが、いかんせん、狭い世界しか知らず未だに広い世界に慣れきっていないソーナにはどのユニオンへ所属すればいいのかわからない。
カナエに教えられてできることは少しずつ増えてきたと思っていたけれど、これは自分一人だけではどう選べばいいのかわからなかった。

「……どれを選べばいいのか、わからないね。ソリトゥス」

自分の背後で沈黙している機械仕掛けの狼へ話しかける。
カナエが修理し、組み上げた狼はまるで言葉を返すように、一瞬だけ頭部のディスプレイを点滅させた。
言葉もなければ、意思が通じているのかもわからないやりとり。
それでもソーナはソリトゥスの音のない言葉を聞き取り、小さく頷いた。

「……そうだね。テイが帰ってくるのを、おとなしく待ってる」

廃材を組み合わせて作られたテーブルの上には、ノイズ混じりのニュースを伝えてくるラジオが置かれている。
そのラジオの近くにチラシをおいて、ソーナはソリトゥスの大きな身体に寄りかかった。
機械仕掛けの翼と尻尾、そして角のようなユニットを取り付けられた自分を変な目で見ることなく、外の世界へ連れ出してくれたカナエ。
カナエが教えてくれる世界はとても広く、ソーナもまだ知らない世界で溢れている。
ここ、残像領域だってソーナにとって知らない世界の一つだ。

まだ知らない世界を知り、まだしたことのない体験をさせてくれるカナエとの生活。
ソーナは、カナエとの生活を気に入っている。