ENo.0048　Ｌ＝Ｆ

「エアロ、ほれ。
　今日のおやつ代わりにでもどうぞ、だ」

「え？　キャプテン、一体なん……ッな！？　な、なッ、なに、なんで、これッ……」

「そんな目を白黒させることかよ……
　先月チョコくれたろ、そのお返しさ。ちゃんと正規のショップで取り寄せたやつだから味は完璧だぜ」

「あ、ああ！　そッ、そういえば↑今日は↑ばっ、バレンタインデーから1ヶ月だったなっ↑」

「なんでそんなに声が裏返ってんだよ……
　んじゃ、日保ちはするといってもモノがモノだし、早めに食べてくれな。オレはちょっとこれから──」

「キャ、キャプテン！
　あのっ、そのっ、む、無理にとは言わない、言わないが……」

「ん？　なんだ？」

「──す、少し、付き合ってくれないか。
　散歩というか、いやその、時間がないならいいんだが、ちょっと、話をしたいな、というか……その……」

「？？　おかしなやつだな、いつものしゃきっとしたお前とは別人みたいになっちまって。はは。
　まぁいいぜ、急ぎの用事じゃない。少しなら大丈夫だ──出るか？　『外』の方まで」

「！　あ、あぁ！　ありがとう、もちろんだ。すぐにでも行ける」



　若い男女（といっても男は若く見えるが20代半ば、女は大人びて見えるが18に届かない）の、どこかずれてはいるがほんのり甘いやりとりを、こっそり物陰で観察する男３名。
　飄々とした男のわずかに戸惑う様子と、いつもはクールな少女が目に見えて意識し取り乱している光景を、３人の凸凹トリオがそれぞれの表情に何とも言えぬ感慨を浮かべて（一応こそこそと隠れながら）眺めていた。


「うむうむ。春ぢゃのぉ……」

「まだ厳密には冬だよジッちゃん。
　いやぁ、でもそれはそれとして、よかったよかった。エアロ姉ちゃんにもやっと青春が！」

「完全に台詞がおっさんですよキッド……
　というか、ぼく達は雁首揃えてなぜにこのような出歯亀めいた真似を……
　ましてやデン先生まで！　あなたの場合は本来ならこういうのを窘める側でしょうに」

「そりゃァお前、うら若い娘っ子にバレンタインの指南を求められて色々と伝授した身としては、その顛末が気になるぢゃろぉが。
　お前さんは気にならんのかい、ジョウよぉ」

「そりゃ、ならないと言ったら嘘になりますよ？
　けれども、こんな覗きめいたことをしてまで見守るほどのことでもないような……というか完全にこれプライバシーの侵害ですからね？」

「にっひっひ。
　ところがぎっちょん、ここでこうしてオイラたちと行動を共にしている時点で、ジョウ兄ちゃんはオイラたちと同罪なのだー」

「その理屈は絶対おかしいです」

「まァ、さすがに即デートとしゃれ込むほどの甲斐性はエアロにゃァ無かったかのぉ……
　キャプテンに察しろと言うのも酷ぢゃしなぁ」

「あれだけ外見も中身も爽やかイケメンなのに、その正体は殺戮機械のような戦闘マシーン！
　……なんて、日頃こうして一緒にいると全然実感ないけどねー」

「逆に言えば、感情制御手術まで受けたことのある彼が、あそこまで人間性を取り戻したというのは喜ばしいことですよ。
　戦場では泣く子も黙る武人キャラのエアロを、あれだけ振り回すくらいには愛嬌も身に付けてくれましたし」

「最初に会うた時は、いったいどこの戦闘プログラム搭載アンドロイドかと思うたくらいぢゃからなぁ……」

「その頃のことはオイラ知らないけど、一度だけ機体に二人乗りしてジェイ兄ちゃんの戦いぶりを見た時はビビったよー。
　完全に別人っていうか、ジッちゃんの言うことわかるよ。戦闘プログラムだーって感じ」

「強化手術の強制被験者が原状復帰できたケースは、個人レベルではほとんどなかったそうですからね。
　まぁ、復帰する以前に『始末』されていたケースが大多数だったそうですが……
　キャプテンのもともとの意志力の強さも、きっと良い方向に働いたのでしょうね」

「おっと、無駄話してたら二人を見失っちゃうぜ！　追跡ついせきー」

「おお、こりゃァいかん。スニーキングぢゃよー」

「二人とも知りませんよ本当に……」



　翌日、顔面に赤く腫れた拳の跡を盛大に付けた“ワイルド・デン”と、おでこに『私は覗き魔です』と油性ペンで落書きされた“Ｋ.Ｉ.Ｄ.”の姿が目撃され、周囲の人間をたいそう不思議がらせたという。
　それからしばらくの間、“ワイルド・デン”と“Ｋ.Ｉ.Ｄ.”に『うらぎりものー！』と非難される“ブルー・ジョウ”の様子も目撃されており、『ホワイトデーはもうこりごりですね……』とのコメントが残されている。


（Once Upon a Time, In Peaceful Days...）

赤茶けたカラスが項垂れたように佇むエンブレムが印象的なユニオン。

入団申請フォームには「初めての傭兵業にも充実のサポート♪」「動物モチーフのコールサインを推奨♪」などのフレンドリーな文言が並んでいるが、結成以来その申請フォームが開放されたことは一度も無い。