ENo.0141　鼠花火

ある朝のことだ。
目を覚ました俺の前に、いつもより少し背の高くなった機体が鎮座していた。

「…いやあ、前々から、試してみたかったんだよね、二脚！やっぱり一度はこの姿にしておかないと。次は大一番だろ？いい機会だから、思い切って改造したのさ」
「俺は車の方が良いって言ったんだが」
「えー、そうだったかにゃ。そんな前のことは忘れてしまったよ」
絶対嘘だ。俺はネコを思い切り睨みつけけたが、どこ吹く風だ。上機嫌に、鼻歌交じりで整備を続けている。

俺は、ネコに言われてハイドラ乗りになることを承諾したとき、条件を出したんだ。よく覚えている。
「脚部は車にしてほしい」
深い理由はない。いくら恩があるとはいえ、あいつの要求どおりに行動するのが癪だったから、条件をつけてやったんだ。ひとつ言うなら、俺が今まで車しか運転したことがなくて、脚で動く機体の操縦に不安を覚えたからという、情けないが至極単純な話だ。
まあ、直にこうなるだろうとは思っていた。条件を提示したときのあいつは、露骨にがっかりとした顔をしていたからな。

「…まあまあ、気分がかわっていいじゃないか！それにさ、ほらここに」
苛立ちを募らせる俺を見かねて…かどうかは知らないが、ネコは持っていた端末に表示したメッセージの一文を指差した。要塞攻略の指示が出た後に、派遣仲介人から送られてきたメッセージだ。そこには『塹壕を踏破し敵防衛部隊を壊滅させてください』とある。
「要塞っていうからには、他にも障害物は多そうだし、重い戦車よりはある程度身軽に動ける二脚のほうが向いてると思わない？」
一理あるだけに、余計に腹が立つ。

生き残った者達へ。
これから往く者達へ。
私たちは歌おう、今日この日があることを。
私たちは祝おう、今日この身があることを。

全ての生きとし生けるもの達へ。
健やかに、でもなく。末永く、でもなく。
ただただ只管満足な生と、満足な死が迎えられるように。

乾杯。