ENo.0166　霜野征士郎

主電源の落とされたガレージ内に1人、青年が佇んでいた。
予備灯が灯る薄明かりの中、自らが搭乗したウォーハイドラを見上げている。

整備スタッフたちは既に作業を終えて引き上げ、オペレータたちも解散している。
あとは何かあれば駆けつける緊急時用のスタッフが近くの部屋に待機しているが、
さほど気にするほどのものでもないだろう。

青年は腰に据えたホルスターから、そっと横笛を取り出した。
随分と使い込まれた、艶やかな笛だ。銘を湖月と言う。

居住まいを正し、笛を構え、青年は音色を奏で始める。
こちらの世界ではこの笛の音は珍しいものなのだろうか、
他人に聞いたことが無かったから解らないが、青年にとっては慣れ親しんだ音だ。

ガレージ内の監視カメラが青年を捉える。
しかしその音の振動はマイクには保存されない。
カメラの視点が、何事も無かったかのように、青年から外れる。





ぼっ、と、小指の先程の炎が、青年の正面に現れる。
何かを燃やして現れたものではない、ただ炎だけが、宙に。
そのまま、ぼ、ぼ、ぼ、と、次々に、合計9つの炎が、青年を取り巻く様に現れる。

カメラはそれらを映さない。
ゆらゆらと揺れる炎は熱源探知機にもかからない。
ただ笛の音が終わるまで、ゆらゆらと揺れて、青年の傍らにいる。

1度だけこちらの世界でこれを見せたことがある。
彼らはこれを気味悪がったし、青年を「狐憑き」と呼んだ。

青年はそれがなんとも嬉しかった。

霜野インダストリ出資の実験データ収集チーム、トライコーンのスタッフフロアです。
白を貴重としたシンプルな室内には、ソファ、テーブル、簡単なキッチンなど、一通りの家具が揃えられ、休息を取ったりミーティングを行ったり出来るようになっています。
部屋の奥には小さな小さなお稲荷があります。
毎日、お神酒が供えられているようです。

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【霜野インダストリ】
新興のハイドラ開発会社。
霊障や霧についての研究を重ねていて、トリッキーなパーツの生産が目立つ。
この会社のパーツを使うと、ささやかに不思議なことが起こるとかなんとか。