ENo.0048　Ｌ＝Ｆ

　スロットルを小刻みに踏み込むと、機体各所のスラスターが酷使への抗議の声を挙げるかのように不協和音を響かせる。
　画像処理された疑似全視界モニターの上半分には、透き通るような青空と清らかな雲の切れ端。
　そして、先程からスラスターを吹かして回避行動を取るオレの機体目がけ、執拗かつ必死に対空砲火を撃ち上げてくる武装組織の連中の駆る戦闘車両の数々が、まるで俯瞰地図にポイントされた豆粒めいて、モニターの床側面を見下ろす形のオレの視界に映る。
　距離800からぎりぎり離れない程度の地上との距離を、FCSがひっきりなしにがなり立てるロックオンアラートとターゲットインサイトの協奏曲に癒されながら保つ。時折り不規則に横へスラスターを吹かし、対空弾頭のつるべ撃ちに混ざって飛んでくる誘導弾頭を避けるのも忘れない。


　砂漠地帯の要衝に建設されていた軍事施設がその完成前にテロリストに占拠され、自給自足用プラントの稼働まで許してしまったあげく鎮圧部隊が返り討ちに遭った某企業の私設軍から、泣き言めいた事情でオレのところへテロリスト排除の依頼が飛んできたのは、ちょうどオレが一人前の傭兵としてそこそこ名を売り始めた頃合いだった。
　数部隊分もの犠牲を強いられて苛立っていた依頼主に『単機で任務遂行しようなどと馬鹿げた話には付き合えん』と一刀両断される屈辱に耐えてまで、オレがこの依頼を受けたのにはそれなりの理由もあったが……あまり気持ちのいい真相ではないので、とりあえずその話はさておく。

　結局、契約としては依頼主の条件をすべて呑み、［報酬及び全費用後払い、失敗時のケアは無し］の条件で、個人への支払いとしては破格の報酬を取り付けた。
　いくらオレが単機の戦力が高い種類の傭兵だといっても、これだけの悪条件では成功などするまい──そう、たかをくくっていたという話は当の依頼主が後でこっそり明かしてくれた。そりゃそうだ、オレだってきっと当事者ならそう思う。


　重力に曳かれて自由落下したら絶対確実に助からないような高度から、多弾頭のミサイル弾と高貫通ライフル弾を交互に延々と撃ち込み続け、動く影が当初の2割ほどに減ったあたりで……オレは細かく刻んでいたスロットルペダルから力を抜いた。
　当然、メインスラスターから火が落ちるとともに、俺の機体はその質量に従って落下を始める。その頭上を、まとめて撃ち上げられていた多弾頭対空誘導弾が通り過ぎ、急激に高度を下げた目標を捉え損ねてあらぬ方向へと飛び去って行った。
　慌てて残りの連中が対空機銃やらロケットやらをこちらに向け、狙いもまばらに再度撃ち込み始める。遅い。
　オレは撃ち尽くして弾倉が空になったミサイルベイとスナイパーライフルを切り離し、プラント動力破壊用のグレネードランチャーに弾頭を込めた。こいつはテロリストどもの機体に使うわけにはいかない。
　目視と画像解析で残り20体ほどに目減りした連中の機体の位置をそれぞれ脳裏に刻みつけると、オレは9割方落下を終えた愛機のブースターを再び全開にした。
　地面まで残りわずかだった状態からの急激な横方向へのベクトル加速により、オレの機体は斜め下方にすさまじい勢いで突っ込むことになる。スラスターを調整して下方向へのモーメントを巧妙に横、そして水平へと変換して──

　わずかに音速を超えた粒子ブレードの先端が、爆音を轟かせながら箱形の多脚機動兵器を一刀両断した。
　周囲を固めていた数台の砲台型二脚兵器が、自分と同程度の大きさの兵器が起こした超音速の衝撃波で積木細工のように吹っ飛ぶ。

　弾薬をすべて使い果たしてブレード一本残したのみのオレが、そこから残存戦力を全滅させてプラント動力炉を破壊し、後方拠点へと帰投するための輸送機派遣依頼の通信を送るまで……確か、5分はかかっていなかったと思う。



「……ていうか、この時の話は前にもした覚えがあるんだが。アーカイブ探せば出てくるんじゃないのか？」

「最新のインタビュー形式に準拠するのに、いくつか監修が必要なログがありましてね。
　古いアーカイブのいくつかを再録しないといけなくなったんですよ、キャプテン」

「そんなもん適当に編集しとけばいいだろ……
　お前が喋って声紋加工しとけば誰にもバレないって」

「なんで本人がここにいるのにインタビューでっち上げないといけないんですか……
　どうせしばらくは暇なんですから協力してくださいよ」

「仕事の依頼が無いだけで別に暇じゃないっつうの！
　お前もやること無いんだったら機体の改造レポート早くドクターに上げとけよ、この前催促されたぞ」

「いや、あれはもうちょっと総火力を高める必要があるので、もう少し練り直す予定で……」

「基地ひとつ蒸発させてお釣りが来る火力積んどいてまだ足りないと言いやがるかこの火力欲情フェチめ」

「鎮圧任務に狙撃武器だけ持っていって現地回収班に変態呼ばわりされてた筋金入りのスナイパーオタクには言われたくありませんね」

「ジョウ？　ちょっとあとで話があるからガレージに来てもらえるかな」

「奇遇ですね。ぼくもキャプテンに大事な話があったのを思い出しました。
　一度、お互いの認識についてしっかりと意識をすり合わせる必要があると思うんですよね」

「まったく同感だ。
　誤解はしっかりと正しておかないとなぁ」


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　翌日、朝食の時間に食堂に現れた二人が、顔面絆創膏まみれで口内の痛みに半ば泣きながら薬膳の粥をすすっている光景は、他の団員たちに大爆笑の渦を発生させ、1ヶ月ほど語り草になったとかならなかったとか。
　なお、当該映像記録のアーカイブ化は両名ともに土下座までして抹消を懇願したため、正式なファイルとしては残っていない。

赤茶けたカラスが項垂れたように佇むエンブレムが印象的なユニオン。

入団申請フォームには「初めての傭兵業にも充実のサポート♪」「動物モチーフのコールサインを推奨♪」などのフレンドリーな文言が並んでいるが、結成以来その申請フォームが開放されたことは一度も無い。