ENo.0066　全くダメなウォーハイドラ乗りの男

『やっと自由に傭兵も仕事を選べるようになったってな』。
『いい加減掃除ばかり押し付けられるのも飽き飽きしてたぜ』。
『ああでも、死ななけりゃなんでもいいんだがな』。

　
　“残像領域”の片隅にある寂れた酒場。
　飲んだくれが壁にシミを作りながら寝込んでいる。
　あるいは店名の通り、掲げられたダーツボードに投じ続ける客もいる。
　あるいは三文にも満たない噂を流す客がいる。

　別にどうということのない、単なるクソッタレどもの休憩場だ。
　その気になれば誰かを歓迎するし、誰にも干渉しない空気が流れている。
　時たましゃがれ声や、低くうなだれたような声の雑談が聴こえる。

『なあ、夢って見るかお前？』。
『俺はとんと見ンよそんなもの。ロッテリー？　あほらし』。
『違えよダボ、寝てる時の方だ』。
『アア――見ねえっつの。だから』。

　自分は《白痴》か《神性の者》か。馬鹿げたように男は両腕を広げる。
　男は夢を見ない。たったそれだけで、人の全てを推し量る者もいるらしい。

『で？　それで？　何。もしかしてママの夢でも見たか？　“昔”が恋しいか』。
『いんや、俺ァ棺桶（ハイドラ）乗りでもねえのに撃墜される夢を見てよ。眩い光で、アッと言う間さ』。
『へえ、それはきっと誰かの夢かもしれねえな』。
『“誰かの夢”だと？　俺が？　誰かの？』。

　乱痴気騒ぎに管を巻き、白昼夢を見る酔狂な客ならここには腐るほどいる。
　棺桶に詰め込んだ夢を運ぼうとして居なくなった者も居る。
　珍しくない話だ。夢を見たという男も、きっとその棺桶乗りの残像にリンクしたのかもしれない。何者でもない、同じ人として。

『ケーブルで繋がれてるのは何も操縦棺とパーツだけじゃねえ。人類の無意識、彼方の大海。過去も未来もありゃしねえ、この霧のように果てもなけりゃ頂もねえ。誰も彼もが夢を見て、死んでいく。たーったそれだけのことよ』。
『ケッ、ご崇高な話なこって。俺にはとんと解らんよ』。
『そうさ、俺だってわかんねえ。明日の飯も、墜ちる人間の命の数もな』。

　強いて言うのなら、世界はいつまでも霧に包まれている。
　“残像領域”。兵どもが夢の跡を追いかける場所。