ENo.0160　ルーゼンエッタ

「もし、上手く行ったら何がしたい？」
「そうね……どうしよう、何も思いつかないわ」
「ゆっくり探せばいいわ。きっとなんだって出来るもの」
「なんだって、ってとっても難しいわね。選択肢が多すぎるわ」
「選べる自由があるのは良いことよ。今まで選択肢が少なすぎたのよ」
「……そうかしら」
「ねえ、もし――もし、何もかも上手く行って、好きなことがなんでも出来るのなら。なんだってやってみましょうよ。好きなところに行って、好きなものを好きなだけ食べて、好きなお洋服を自由に着て。友達だって出来るかもしれない。誰かと恋に落ちて――」
「考えられないわ、そんな生活」
「――そう？　私には未来で幸せそうに笑ってるルゼが見えるけれど」
「幸せ……」
「そうよ、幸せ。幸せになるために、あそこからでてきたんだから」
　饐えた臭いのする毛布に二人で包まって。
　自分のものと比べれば控えめな胸に頭を預けて髪の毛を梳る手指の心地よさに目を閉じる。
　心臓の音がする。温かい音だった。







　清潔なベッドでルーゼンエッタは一人目を覚ます。
　寝返りを打てばふんわりと香る柔軟剤の匂い。
　隣には誰もいない。
　髪をなでてくれる手指はもう、無い。
　――望めばきっと今ならどこにだって行ける。好きなものを好きなだけ食べることだって出来る。好きなお洋服だけを着て。友達だっで出来た。好きな人は、いないけれど。
　幸せなのだろうか。
　自分は今、彼女の語った幸せの中にいるのだろうか。
「私が―――――――」
　ぼふりとふかふかの枕に顔を埋める。
　昔の夢は――ロンの出て来る夢は、いつだって心が抉られるように優しくて、締め付けられているように苦しい。
「―――――――死ねばよかったんだわ」
　そうすれば、きっと彼女は彼女が望んだ幸せの中にいれたのに。
　いや、それを望んだのだ。自分が死ぬつもりだったのに、彼女が幸せだけを祈って死ぬつもりだったのに、あの細目の青年に言ってしまったように“しくじった”。
　しくじって、彼女は死んでしまい、ウォーハイドラのAI――マリア＝ローザの一部にされてしまった。
　彼女はそんなことを望んでいなかったのに！！
「罰なのかしら」
　“私は貴女を裏切らない”
　そんな約束を口にした。
　お互いがお互いを縛るための約束だった。
　自分が一人生き存えているのは――それを破った罰なのだろうか。
　惨めで惨たらしい気分だったが、涙も出てないし心臓はいつもどおりに動いている。
「―――――――――――ロン…………」
　もうその名前を呼んでも、誰も答えてくれないというのに。






9/彼女の望んだ夢

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