ENo.0076　マリエッタ

朝靄の木々の中、さくり、さくりと音を鳴らして歩む。
果たして眠ったのか眠っていなかったのか、それすらも理解できず、思考が定まらないままぼんやりと。
何処へ向かうのか、何をすれば晴れるのか。わからないまま、僕は木々の中を進んでゆく。


☆+☆+☆+☆+☆+☆+☆+☆+☆


「一人だよ。大丈夫、一人で来た。アイツは居ない」

水辺へ辿り着けば、立ち止まって辺りを見回す。姿も気配も無い事を僕なりに確認し、言い聞かせる様に言えば腰を下ろす。
そっと水面を覗けば、まるで鏡のような静かな水面に己の顔が映る。

「……ひどい顔ね、マリエッタ。」

眠れていないせいなのか、何なのか。そこに映った自分は酷い形相だった。
無様な様に嘲笑い、鏡越しの僕に声を掛ける。傍から見れば頭のオカシイ人に見えるのだろう。
頭がオカシイ、なんて……。もう、疾うの昔からだ。

「……人殺し。裏切者。薄情、冷血で……其の癖……。」

其の癖、救いの手を求めてる。
其の癖、温もりを求めている。
其の癖、

「ああ、そうだよ。僕はアイツに、レナに救いを求めてる。」

別にアイツが聖職者だから、ってわけじゃない。
カミサマとやらに許されたいとか、決してそういうわけじゃない。
非常に馬鹿げた理由かもしれないけれど、独りが寂しい、とか、分かり合いたい、とか。心を通わせたい、とか。
アイツに出会わなかったら、間違いなくこんな思考に至る事もなかったし、こんな……

「こんな……、叶わぬ感情が湧いてしまうなんて、なんて滑稽なんだろうねぇ？」

滑稽でも、それでも、ただ、ただ、アイツに好かれたいとか、愛されたいとか。
そう言う事ばかりがぐるぐる、ぐるぐる。

「単純にさ、単純に傍にいたいんだ。そんなに可笑しな事かい？」

………。
…………。
可笑しな事じゃないか。どう考えてみても。どうかしている。きっと疲れのせいだ。
きっと……

　　　　　　「間違いなく、好きなんだ……。」

どういう意味の？オトモダチ、とか？それとも、レンアイ？

「……わからないよ。僕にも、わからない。けれど、一緒に居たいと思うし、もっと、寄り添いたいと思うし」

何度考え直しても、落ち着いても、好きという結論から脱する事が出来ない。
何かのせいにするのも、否定する事も出来ない。
そしてそれがどういう意味でなのかもわからない。
ああ、何度も言うけれど、本当に踏み込み過ぎた。これ以上はいけないと思いつつも、近づき過ぎた。
止められない想いは、僕らしさを悉く奪い取って。
溢れ出るそれは、一つ二つ、ぽたりと落ちて。水面が歪む。僕の視界も、歪む。

　　　　　　「苦しいよ……。」

掠れた声で絞り出すように呻く。
感情を抑えようとする身体は震え、小さくうめき声を漏らす。
ほんの少しの間、自分の肩を抱いて、蹲って、そうして

パァン！！！

乾いた音が静寂に響き渡る。
両頬を思いっきり叩いて。一度大きく深呼吸して。

「………よし。スッキリした。」

水面を覗く。その水面越しに映るは疲れを残したままのいつもの、僕。
さぁて、そろそろ戻ろうか。あまり一人でいると不審がられるからね。


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……いつも通り戻った僕はいつも通りの“僕”で。
「何処に行ってた」と聞かれれば

「さぁてね」

なんていつも通り返すのだ。



アイツの話を聞いて、“見捨てないで”なんて、素直になってしまう数日前の滑稽な僕の話。