ENo.0044　ロウシャ・ゼイルストゥラ

　共同格納庫。

　ロウシャはいつものように機体の正面に道具箱に座ろうとして……その場を通り過ぎた。そしてそのまま杖を突き、足を引きずりながら、鉄製の階段へと向かう。階段の上にあるのはブリッジ――そう、目指しているのは操縦棺だ。

　格納庫のどこかに他の人間を認識したというわけではなかったが、それでも自分の知覚が他人のものと比べて相当に弱っていることを彼は認知している――そのため万が一を危惧してこの場所を選んだのだ。……さほど器の大きくない彼にとって、機体と会話しているところを何度も聞かれるというのは十分に堪える。

　思いのほか階段を上るという作業に体がついていかない。息を切らしながらやっとの思いでブリッジまでたどり着くと、操縦棺の前にへたれこむ。

　「……なんだよ、同情してんのか」

　ロウシャはかすれた声で小言を漏らした。いつもなら声を掛けるか触れなければ開かない紅いハッチが、目の前でゆっくりと開いたからだ。

　仕方なくと言わんばかりに重い腰を上げ、操縦棺の中へ体を滑り込ませる。内部はさほど大きな空間ではない。中央に座するのは、固定用のベルトをいくつかぶらさげた一人がけのシート。左右から張り出した操縦“桿”。操縦者の周囲を囲むようにして配置されたスイッチ。そして足元にはいくつかのペダル。計器の類はHCSを起動させるまでは表示されない。……至ってつましい造りだが、彼はそれを気に入っていた。


　彼がシートに凭れると、ハッチがゆっくりと閉じる。それとほぼ同時に、ぼんやりと操縦棺内部が緑色に発光した。起動と同時に正面に現れたウィンドウにシステムログが流れていく。
　高速でウィンドウ上部へと流れていく文字を眺める。システム面に疎い彼は、白く発光した文字の集まりが何を意味しているかまではわからなかった。ただ、この機体が――無二のパートナーが息づいていることをぼんやりと感じるだけだった。

　起動処理完了――ウィンドウは外部カメラ映像へと切り替わる。なんの変哲もない、ただの十数ｍの視点からの格納庫の映像。画面を確認したのか否か、ロウシャはカメラのスイッチをオフにした。

　外部から隔絶された環境。閉ざされたほの暗い空間は、まさに“棺”と呼ぶに相応しい物々しさだった。

　「なあ……ネヴァン」

　ぽつりと呟いて、彼は再び口を閉ざす。

　問いたいことは山ほどあった。
　どうして自分の思うとおりに応えてくれないのか。
　自分に何か足りないことがあるのか。
　うまく扱えない自分を責めてはいないか。

　いつになったら、自分を――

　「あーあ、ダメだな。やっぱり中に入ると色々考えちまう」

　

　一つ悪態をついて座席を後ろに倒す。倒しきる前にシートの上部が後方の壁面に当たってしまうのは、以前からのどうしようもない仕様だった。……おそらく、この機体が彼の手中にある間は、この仕様が改善されることはないだろう。
　あるはずのない人目を逃れるように、シートに寝ころんだまま横を向き、腕で顔を覆う。

　「……次は、頑張るからさ」

　そう言ってロウシャが目を閉じると、なんの操作も無しに照明の輝度が落ちた。完全な暗闇とまではいかないものの、眠気を誘うには丁度良いくらいの暗さに。

　「地味な気遣いいらねーんだよ」

　彼は全く見えなかっただろう。ウィンドウに浮かんですぐ消えた小さな文字。

　“おやすみ”

　空調はやや高めの28℃に設定されている。

何らかの理由によりハイドラに縛りつけられたライダーが集まる。掃き溜めとも言う。
　
一部メンバーの素行不良により世間からの評判は芳しくない。

音楽専念。