ENo.0160　ルーゼンエッタ

「ねえロン」
「なぁに、、ルゼ」
　操縦棺の掃除を終わらせた後、そのままそこで本を読んでいたルーゼンエッタは不意にヴェロニカに声をかけた。
　ロンがマリア＝ローザのプログラムを書き変えてから、ルーゼンエッタは格納庫に入り浸ることが多くなった。ウォルナードはいたりいなかったりだが、特に気には止めていない。
「私のこと、恨んでいないかしら」
　本のページをめくりながらの問いかけに、ヴェロニカはしばし沈黙した後、モニターに顔を映し出した。通常ルーゼンエッタとヴェロニカのやり取りは音声のみだ。ヴェロニカが画像処理が苦手で（これはシステム的な問題ではなく、生前から画像処理は苦手だったのだ）動きのないノイズ混じりの写真のような一枚しか用意できなかったのもある。それでも、ルーゼンエッタには“お互いの顔が見えるような気がする”と言うのはやはり落ち着く気がするのだ。それをヴェロニカは解って苦心しながらもその画像を用意してくてたのは解っていた。当然、ヴェロニカからは操縦棺内のカメラを通してこちらを見ていてその画像は本来必要がないものなのに。
　彼女はいつもそうだった。自分のことをよく理解して最善を考えてくれる。
「まさか。恨んでいるわけないでしょう？」
　一体何を言い出すの、とでも言いたげな声音にルーゼンエッタは本から顔を上げてモニターに映った画像を見た。褐色の肌に、紫の瞳の、襟足だけ長い自分と同い年なのに少し大人びたその風貌は、記憶と照らし合わせるといささかの違いがある気がするが、紛れもなく“お互いを裏切らない”と約束した、大切な人そのものだ。
「ルゼ、私は貴女が生きていてくれて本当に嬉しいのよ。それに私は貴女を恨むようなことは出来ないわ。貴女がそうであるように」
「……」
「貴女は私に殺されようと、売りわたされようとも、“絶対に私を恨んだりしない”。そうでしょう？それは私も同じ」
「……。でも、私はロンに酷い事したわ。約束を破ったもの」
「ルーゼ」
　尚も言い募るルーゼンエッタに少しばかり呆れたような声音でヴェロニカは語りかける。
「もう、なんで素直に言えないのかしら。本当に言いたいことが別にあるんじゃない？」
「……」
「許されたいと思うことは悪いことではないわ。許しを請うことも悪いことではないわ。例えそれが’許されることではないと思っていても」
　ヴェロニカの声は甘く、諌めるようなそれで。
「ええとーーその、」
　戸惑うように、ルーゼンエッタの声が揺れる。しばらくそのまま、困ったように眉を寄せてヴェロニカを見つめてから。
「ごめんなさい、ロン」
「いいのよ、ルゼ。何も気にすることはないわ」
「……うん」
　ルーゼンエッタはモニターに映ったヴェロニカの顔に手を伸ばしその輪郭を撫でると、そこに額を寄せた。
　ヴェロニカの生前、よくそうした様に。


15/「ごめんなさい」

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