ENo.0406　ファイブカード

　
この霧の戦場から俺は身を引く。
そう決めはしたが、諸々の整理は付けなきゃならなかった。



まずは仲介元の≪霧笛の塔≫だが……これは何もしなくていいだろう。
バックレるんだ、バカ丁寧に辞意なんざ伝えたら何をされるか分かりゃしねェ。
精々企業連盟やら辺境軍閥やらと競り合い化かし合いを続けてくれ。
元より深入りはしたかない。



それと、同じハイドラライダーにゃちょっとばかし縁の有った奴も居たか。

ノエルだか言う通信屋の姉ちゃんは、とりあえず挨拶の一つでも投げておいた。
あっちの方が早く辞めるんじゃねェかとも思ってたが、まァ傭兵を続ける理由もあるのかもな。
しかしインフラ事業でもやってんのが似合いそうなもんだ。

以前組んだギルデンロウは──あいつは形の上の挨拶なんざ求めやしまい。
生きてりゃまた会うこともあるだろうとは言ったが、こうなっちゃ望みは薄いかもしれねェな、ハハハ。
……あいつはまだ戦場に立ち続けるのかね。そうするんだろうな。



この機体──『ファイブカード』も、もう使わなくなるだろう。
これが一番の問題だった。

隠れて暮らすにゃこの図体はデカ過ぎる。
企業連盟あたりから追跡の手が伸びないとも限らねェ。
本業……遺跡の発掘に使うにも、暫くは堂々とはできないだろう。

だから、こいつは手放すよりない。なかった。本当に心残りだが。
かといって譲る先も思い当たりやしない。
どこの馬の骨か分からない野郎に触らせるなんざ御免だ。
──面倒くせェ男だな、全く。

散々悩んで、答えは出ず、結局誰の目にも付かないだろうところに置いていくことにした。
不義理、不義理なのかね。全く。



こんなところか。
後は情勢が落ち着くまで隠遁生活でも送るかね。

頭中に響くあの喚び声は、こうすると決めてからぴったりと止んだ。
今となっちゃ親しみすら覚えてきたところだが。




…………。
早朝。
誰の目もない場所、そう当たりを付けたところで機体を止める。
そうしてもう戻らぬ棺を出て、両の足で地面に降り立つ。
共に歩んだ機体──『ファイブカード』を一度振り返り、それから辺りを見回した。



霧が濃い。
ここのところはずっとそうだった。
隠れて事を運ぶにゃ丁度良い。
それにどこか懐かしさを覚える。
──何故懐かしいと？
分からなかった。
霧の向こうは何も見えやしない。
それでも恐れは覚えない。
これはきっと俺の進む道だ。
辺りの霧はいっそう濃くなった。
踏み出す足も見えないほど。
眩しいな。
…………



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男の姿が霧の向こうへ溶けてゆく。

それを見守るように機体が音も立てずに佇んでいた。



しばしあと。誰も居なくなった景色の中、ゆっくりと履帯が回り。

『ファイブカード』もまた、霧の中へと消えて行った。

かつての乗り手たちの遺したもの。

今は霧深い荒野に広がる射撃訓練場としてここに在る。
晴れ間のある時分には、乾いた発砲音が繰り返し響く様も聴き取れる。