ENo.0134　ギルデンロウ

　Ashは樽女レウィシアの相方で、先週の戦場で死んだ。
以前いっしょになった時のログから、ずいぶん生き汚い戦い方をする奴だと思っていたが、気のせいだったらしい。
死なない算段で臨んでしくじったのかもしれないし、消極的な自殺のつもりだったのかもしれない。
　どちらにせよ俺が考えるのは、カバーしなかった俺のミスだった、かもしれないということだった。
　――喉が渇く。

　戦場自体は楽なものだった。途中で目立ちすぎて脱落したエリオットとかいうライダーと、ビビって土壇場で下がったルカ、それと俺だけで、敵部隊は半壊していた。
ぬるい敵。ぬるいゲーム。戦場はしょせんSolo queだった。
意思疎通の必要もない。誰がデスしようが、俺が生きていれば十分に勝てるゲームなら。
勝敗がすべてなら、Ashの死はミスではなかった、そういうことになる。『どちらでもいい要素』は、どちらでも良い。
あるいはレウィシアにとってはそうではないのかもしれない。しかし、俺には奴もまた。
　――結論は簡単なことだった。
……喉が渇く。考えた末に、それも錯覚だという事がわかった。

*
　子どもの頃、俺は宛がわれた部屋でずっとゲームをしていた。そこは唯一の俺の領土で、ゲームの中だけが俺の世界だった。
生きる事の価値は感じてはいなかったし、繰り返しの中でいつか死ぬ事に納得していた。
　あの時から俺はずっとSolo queをしてきた。今もそうだ。
思えば、あのプロシーンで、ヨハンたちと戦ってきた時期の記憶こそ幻想だったのかもしれない。
俺はただ飼われるだけの根暗で無能な親なし子で、妄想の果てに“エース”ギルデンロウとしてここで夢を見ている。

　この霧の中から、はるか遠い空を見ることはあまりにも難しいように思えた。
　しかし俺はSolo queを続けていて――やめるつもりもなかった。
どうせこの生に価値が無いなら、幻想に縋っていても良いはずだった。そんなこと、かつては考えもしなかったが。
あの時のSolo queにおいて、ヨハンと出会い、奴が俺を見出してくれたような奇跡を、俺はこの場所でも待っていた。
「……情けない奴だな」
『オレのこと言ってる？』通信を切らずに独りごちたせいで、ルカが反応した。
「そうだよ」俺は答えた。

　喉が渇く。ヨハンはずっと昔に死んだのだ。
俺はもう少しで、あの空からの景色を見れたはずなんだ。

『ハイドラ乗りは戦場にある限り、死と隣り合わせの存在だ。
実体剣やレーザーブレードなどを機体に握らせ、
火器を目前に対面して戦う格闘機乗りなら、死と重ね合わせの存在といっていい。
　敵の中に孤立しながら、斬り開いた敵機の残骸の奥に、同じく剣を振るう味方機を識別することがある。
会話がなくとも、そのような面子を幾度も見つけていると、僅かな連帯感を抱くものだ。
遅かれ早かれ、奴らの姿は見ないようになる。
「奴は霧になったんだ」感傷混じりに言う奴がいた。
俺もいつかはそうなるのかもしれない。しかし俺たちは剣を握ることをやめない。
名誉のため。生きてる実感のため。病的な矜持のため。あるいは死ぬために、剣を握らなくてはならない。
　……そして敵陣の中で、また新しい顔を見るようになる。“物好き”は次々やってくるのさ。
だって、残像領域はそもそも“物好き”のための場所だろ？』
　――そんなことを言ってたアイツは、つい昨日で、霧になったよ。