ENo.0076　マリエッタ

―――……跳ぶ。
高く高く、跳ぶ。


空が近くて、手を伸ばせば空に溶け込めそうで。
これが晴天であったなら、僕はきっと。


☆+☆+☆+☆+☆+☆+☆+☆+☆

「空を飛ぶのは、どんな気分なんだい？」
「……は？どうかしたのですか？」

工具の手入れをしつつ僕の口からぽつりと無意識に出たその一言。
問いに問いで返され、どう答えたものかと口を噤んだ。
どうしたもこうしたも、ただ純粋にそう思ったのだから、とはいえ、それを言ったところで次は
「何故です？何か気にかかる事でも？」
と返してくるのだろう。

「いや……、なんでもない」

問うのを止め、手に持っているレンチを布で拭く。黒く汚れたそれが鈍く輝き、そこに己の表情が映る。

「空にでも恋をしましたか、マリエッタ嬢。」
「そういうわけじゃ……」

ノエルはぱたぱたと翼をはばたかせると、くるりと宙を舞った後僕の肩に止まる。

「空への憧れは良いと思います。『憧れるだけ』ならば。」
「けれど決して空に手を伸ばし、空を抱こうとは思わぬ事です。……いつか空に捕らわれ、戻って来れなくなりますよ？」

そんなの

「上等だよ」

なんて、僕は笑う。
空へ手が届くのなら。空へ行けるのなら。


☆+☆+☆+☆+☆+☆+☆+☆+☆

―――……跳ぶ。
高く高く、跳ぶ。


白が、青が、眼前いっぱいに広がって、そして僕は……―――




真っ逆さまに墜ちてゆく夢を見た。