ENo.0256　バルトロイ・クルーガー

あるはずのものがなくなった時の事は今でもよく覚えている。柄にもなく取り乱してしまった事を。
撃墜され大破した機体から助け出され、命があるだけマシだと言われた。けれども、腕を失った事はバルトにとって死にも等しかった。二度と戦場に帰れない生など、死んでるのとなにも変わらない。それくらい、バルトの中での戦場というものは大きなものだった。

戦場を取り上げられた生活で唯一それを感じられたものがあった。

コロッセオ。

鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合う。その金属音に確かに戦場と同じ鼓動を感じた。
テレビ越しに見たその光景になんというか励まされたとでも言えばいいのだろうか、とにかく気持ちがなんとなか軽くなったのは確かだった。
それと同時に、あの場所へ一種の憧れを抱いてきた。いつかたの舞台に立てないものかと。

そう思っている間にそのコロッセオ自体がなくなっていった。時代だったのだ。色々あってバルトがライダーに戻った頃には彼が恋焦がれていたコロッセオはなくなってしまっていた。
そのかわりに生み出されていたのは、まるで見るに堪えない茶番だった。結局、人々が求めているのは現実ではなく虚構。真剣勝負ではなく娯楽としての圧倒的な快楽、爽快感。あとはなんだか、流行りのタレントやらなにやら。

結局戦場に帰ってしまった今となってはそれは全て不要なものだ。

そのはずだったのに。

きっとその日は観るだろう。観てしまうだろう。
そして、そうしてしまえばどうしたって我慢する事が出来なくなるのだ。あの日、恋焦がれていた鋼鉄の、暴力と暴力がぶつかり合う檻へ向かう事を。
戦場とはまた別の、あの場所でしか味わえない感覚がある筈なのだ。それを、一度でいいから触れてしまいたいと思ってしまうのだ。

一度だけでいい。

それだけで、見える筈だから。

自分の手にいま掴めるものはあるのか、それとも、最早そうするには遅すぎたのか。

手は、自然と次の行き先を示していた。

鋼鉄の檻へ。

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