ENo.0594　祟鬼漬クロガネ

「父さん……。」

私は父を、……祟鬼漬インテツを愛していたのだろうか……？
『ロウブリンガーは人々の守護者だ』そう語った父に憧れていたのは多分、事実だと思う。

でも結局、彼は自分の最も愛する人を……、家族を守れなかった。
幼かった私は、母に言われるがままクローゼットに隠れて、怯えながら待つことしかできなかった。
……全てが終わるのを。

……私もいずれあんな風に死ぬのだろうか？
家に入り込んだ悪党たちに、何度も、何度もナイフを突き立てられて。

「祟鬼漬インテツはどこだ」

多分奴らは、私の父にやられた復讐に来たのだろう。
戦闘中行方不明になった父を探し出し、この手で殺すために。

母は最後まで話さなかった。
何度殴られようと、ナイフを突き立てられようと、……何も話さなかった。

男の怒鳴り声と、叩きつける鈍い音、血の匂い、肉が裂ける音、……母は一言も発しなかった。
ただ最後に一際大きな呻き声がして、……それから静かになった。

……私もあんな風に死ぬのだろうか？

父は最後まで来なかった。
「ロウブリンガーは人々の守護者だ。」そう語った父は来なかった。
「お前は俺の愛する娘だ。なにかあっても、絶対に助けてやるからな。」そう約束した父は来なかった。

母さんが死んだのは父さんのせいだ。

私は本当にそう思った。
だからこそ父を恨んだし、あの時躊躇いなく引き金を引いたのだろう。

「このお守りはお前を助けてくれる」

そう言って父から渡されたキーホルダーが発信機だと気づいたあの時、企業にも、軍にも話さなかった。
……父を探し出すのは自分だと、心に決めていた。


……まだ意識がぼやけている。
これからメルサリアの性能評価実験が始まるのに、このままじゃろくに戦えない。
それでもなんとかアセンブルを済ませ、ロウブリンガーの整備を終わらせた。
こんな状況でも身体は整備の感覚をしっかりと憶えてるらしい。

「……我ながら機械馬鹿なんだな。」

そう自傷的に笑った。

―――――

「メルサリアは私が死んでもなんとも思わないだろうな……。」

そう呟きながらコクピットに乗る。
私は死にたがっていた。そのために守ることに固執していたのだろう。
だからこの実験で、もしかしたら私は死ぬかもしれない。
そうすれば、きっと……。


……でも。

今、私は本当に死にたいのだろうか……？

その考えが脳裏をよぎった瞬間、心臓が大きな音を立てて跳ねる。
倒れそうになりながら、必死の思いで掴んだ操縦桿は、

父を殺した、銃の、感触がした。

祟鬼漬クロガネが所有する移動式ガレージ内に設けられた小さな工房。

カタカタと音を鳴らす錆びた換気扇、プラプラと揺れる頼りない白熱電球。
古ぼけた大型テーブルに、軋みを上げる幾つかのパイプ椅子。
煤けた作業台の上には、不釣り合いなほどに新品なコーヒーメーカーが置かれている。

ここではパーツの製造のほかに、ハイドラの整備、点検、修理まで幅広く行っている。
訪れれば、やたら濃いコーヒーと一緒にぼそぼそのレーションを振る舞ってもらえるだろう。
……口に合うかは別の話だが。