ENo.0594　祟鬼漬クロガネ

ふと目が覚める。
白い天井、少し硬いベッドの感触、微かに薬品の匂い。
私は病室に運びこまれていた。

メルサリアの性能評価実験で錯乱した私は、その状態のまま戦い続け、
実験終了時にコクピット内で気を失っていたらしい。

ほどなくして理解した。あの操縦桿の感触。死の恐怖。私の罪と、……その償い。
死にたくない。そう叫び続けながらも戦い、敵の眼前に躍り出て、攻撃を受け止める。
あの時の私は錯乱しながらも守ることをやめなかった。

……それはもしかしたら、私が本当にやりたいことだったからなのだろうか。
自らの死を恐れつつも、きっとそれ以上に仲間の死が恐ろしかったのかもしれない。

錯乱していた時のことは、不思議なことにはっきりと思い出せる。
だからこそ、あれは私の本心で、矛盾した行動も、全て私そのものなのだろう。

「死にたくないなぁ……。」

ぽつりと言葉が漏れる。
なんとなく、自分の存在を確認できたような気がして、少し安堵した。
私は生きている。少なくとも、今この瞬間、確実に。

「そうだ、戦果確認……しとかないと。」

おもむろに小型端末で自分の戦果を確認する。
あそこまで錯乱していたのだ、仲間に迷惑をかけてしまったかもしれない。
せめて、最低限の役割を果たせていればいいのだけど……。

「……うはぇっ！？」

思わず素っ頓狂な声が出る。

防衛戦果補正12.49％、防衛戦果ランキング16位。
それがメルサリアの性能評価実験で下された、私への評価だった。
こんな戦果を出したのも、ランキング入りしたのも今回が初めてだ。
……それはそれで少し複雑な気分になる。

死にたくないと叫びながら、部隊の誰よりも攻撃を受け止める自分の姿は、かなり不気味に映った事だろう。
しかも、平常時にここまでの戦果を出した事は一度もないのだ。

「アイツは頭イカれてる時の方が使い物になる。」なんて思われたらたまったもんじゃない。
ランキングに載ったことは素直に嬉しいけど、なんで、なんでこのタイミングなんだ。
恥ずかしすぎて、穴があったら入った後に棺桶と一緒に埋めて欲しいくらいの気分だ。

……まぁそれでも。
この結果は私とロウブリンガーに仲間を守れるだけの力があるという事の、他でもない証明でもあって。

もう一度ベッドに倒れ込んで、深く深呼吸をする。
……ゆっくりと、あの言葉を思い出す。

「お前が折れさえしなければ、その分長生き出来るヤツが増える。焦らず、ゆっくり強くなると良い。」

「誰かを守り続けるって事は、そのために自分も死ぬわけにはいかないってことですし。」

……そうだ。守り続けるために、私は死ぬわけにはいかないんだ。
彼らの言葉は物事の本質を捉えていた。ただ守ることしか頭になかった私なんかより、ずっと。

もう一度、深く、深く深呼吸をする。

今までの私が死ぬために守り続けてきたというなら、これからの私は守るために生き続けてやる。

償う必要があるというなら、その方法は一つじゃないはずだ。


……だからこそ、私は。

祟鬼漬クロガネが所有する移動式ガレージ内に設けられた小さな工房。

カタカタと音を鳴らす錆びた換気扇、プラプラと揺れる頼りない白熱電球。
古ぼけた大型テーブルに、軋みを上げる幾つかのパイプ椅子。
煤けた作業台の上には、不釣り合いなほどに新品なコーヒーメーカーが置かれている。

ここではパーツの製造のほかに、ハイドラの整備、点検、修理まで幅広く行っている。
訪れれば、やたら濃いコーヒーと一緒にぼそぼそのレーションを振る舞ってもらえるだろう。
……口に合うかは別の話だが。