ENo.0588　アユー・ドルイド

《破損：大、操縦棺から離脱してください。破損：大、操縦棺から離脱してください。破損―――――》

「ごめんウィルヘルム、もう少しだけ動くよッ！！」
緊急アラートを無視してぐっと腕を引いた。
急な旋回に耳障りな悲鳴が聞こえても、止まる気にはなれなかった。ごめん、だけど、
「こんなとこで離脱した方が、死ぬってばッ…！！！」
私は足が速くない。ずっと空で戦って、ある種”魔法”のような力を利用していた身だ。
体力試験はいつも宿舎じゃビリの方で、基礎練だってついていけた試しがなかった。
霧と霊障と火炎と粒子と鉄の塊が飛び交う所、生身で出て行って生き残れるはずがない。
ここはコロッセオで、でもここは確かに戦場だった。

＋＋＋

ふと、見覚えのないコマンドがモニターに浮かぶのを見て、首を傾げる。
「…離脱用…？……、…って、そうじゃない！」
思考にふけりかけて我に返る。今は気にしている場合じゃない、とにかく―――


―――衝撃は、遅れてやってきた。

警告音がうるさくて、目を瞑りそうになるのを堪えてじっと耐えた。
直撃。多分、正面から。一瞬の発光の後、振動と、破壊音。
「近接じゃない…射撃、…」
アウトレンジからの連続攻撃。高圧エネルギーを検知した形跡が、モニターに残されていた。
通信をONにして、ノイズ混じりに、けど音声が割れないように、…やけにその声は冷静に。

「64番隊、戦線離脱しますっ！」


＋＋＋

師匠ともいえるその人もまた、射撃を得意としていた。
私とは、違う。本気の戦争を生きて、見て、戦ってきたひと。
…あのひとの元に転がり込んで、思えば随分経ったように思う。
右も左もわからなかったあの頃に比べて、1人で出来る事は多くなった。
戦時下の生活より、今の方が100倍マシだとも思う。それでも、何か、足りない。
……何かひとつ、どうにも満たされない思いを、ここ最近は抱えていた。
落とされたその一瞬、何かその正体がわかった気がするのだけど、結局雲の様に消えてしまって。
痛みの残る体を無理矢理起こし、応急処置の後が残る机を片付けにいく。
全身打ったし、まだ痛いし、緊急離脱の際に握りすぎたせいで未だに震えもとまらないし。
散々だなあって思うんだけど、それだけじゃない気がした。
もっと大事なものを、掴みとれた気がした。

「しばらくは、何事もなく、任務終われるといいなあ…」

…それが叶わない事を知る、次の出撃まで、あと少し。


＋＋＋


…僚機の姿が、見えない。