ENo.0647　有明

こうして考えれば、あの世界はいつも死と隣り合わせだった。
戦場でひとたび意識を失えば、そのまま神の御許へ、なんてこともある。
蘇生が容易なのは確かだけれど。死によって残るものが、ないわけでもないのだし。

「……おねーちゃんってさ」
『ん？』

何となしに、モニターを弄っている姿に声をかける。
目の前のこの子は、少なくとも僕が居たあの世界のことは知らないだろう。
だからこそ、それをどう考えているかというのは気になるものだ。

「生存優先と死亡許容の違いってなんだと思ってる？」
『稼ぎ』
「視点が汚い……」
『汚いって何よ、汚いって。』

いや、まあ、訊く前からなんとなくわかってたけどね？
僕は素知らぬ顔で口笛を吹く。今日のはいつもより上手く吹けていた気がする。

「じゃあ、僕が死亡許容するとしたらどう思う？」
『別に。コロッセオの中でなら好きにすればいいんじゃない？』

彼女もまた、小さく息をつく。興味がない、と言った感じでもない。
どうやらそれだけ、僕のことを信用してくれているらしい。
……ん。コロッセオの中でなら？

「なら、コロッセオの外じゃ話は変わるってこと？」
『撃墜と死が直結するからね』

ははーん。

「僕に死んでほしくないって思ってくれてるんだ」
『さあ、ね。死んでもいい人間の方が少ないだけかも』

ふふーん。

「つまり結構優しいってことだね？」

ぽふ、と小さく音を立てて、おねーちゃんの隣に腰を下ろす。
ついでにふにふに、と軽く頬をつついてみた。でもあんまり気にされてない。
面白くないからもうちょっと気にしてほしいなぁ……と。
そんな風に考えつつ、彼女が視線を戻したモニターに僕も目を向ける。

『そんな言葉は私には似合わないわ』
「そうかな。ところで、さっきから真剣な顔で何やってるの？」

少し首を傾げつつ見てみれば、色々なデータが載っていた。
重車輪を軸に、領域殲滅兵器を複数搭載したアセンブルの試作案。
周りに散らばってるのは、戦闘データや考察が書かれたメモ。

「…………すっごい考えてるね。勝つための、って感じ。
　前回の頭おかしいおねーちゃんと同じとは思えないな」
『前回はデータ取りって言ったでしょ』
「いてっ」

小突かれた。痛い。暴力反対。じとーっと睨みながら頭をさする。
こっち見てない。ひどい。僕はもっと目を細める。

『……まあ、私にだって思うところくらいあるし』
「……思うところ？」
『なんでもない』
「ふーん……？」

じー、とモニターを弄る横顔を見つめる。
集中しきっているのか、こちらには目もくれず画面を弄っている。
……それを邪魔するのも悪いかなと思って、静かに席を立つ。

ふと振り向けば、彼女の視線がこちらに向いていた。
なんだろうとは感じたけど、たぶん深い理由もなさそうだ。
小さく笑って手を振って返し、僕は自分の機体の方へ足を進めた。

太陽は此処に在り。