ENo.0594　祟鬼漬クロガネ

「はぁ……。」

深くため息をつく。
正直な所、私はもういっぱいいっぱいだった。

『リリーシア・クライシア』。彼女を殺したところで、何の復讐にもなりやしない。
彼女の言う事が真実なら、元凶は企業連盟であって、彼女じゃない。

だから結局、私は彼女を殺さなかった。それが正しかったのかは分からない。
彼女を放置したことで、新たな被害が生まれるかもしれない。彼女が言ったように。
それでも私は決断した。だからこそ、それが正しく会って欲しいと願うだけだ。

母の復讐なら、企業連盟を滅ぼすことで遂げることが出来るだろう。
そしてそれは現実になる。ハイドラ大隊と企業連盟の戦争はもうすでに……、始まっているからだ。

じゃあ父の復讐は？……それはきっと不可能だ。
というより、現実的じゃない。

私は拳銃で自分の眉間を撃ち抜くつもりも、
首を吊ってこの世とおさらばするつもりも、さらさらないのだから。

だからこそ、『四つの禁忌』を破壊することが、父の弔いに繋がるはずだ。
少なくとも、そうあって欲しい。

おそらく、メフィルクライアの言っていたことは真実だ。
現に『私たち』は負けたことがない。きっと、永遠に勝ち続ける。
その果てに何があるのか、分からないのだけれど。それでも、永遠に止まることはないだろう。
それはつまり、企業連盟の滅亡をも意味している。

おそらく、企業連盟が最後の切り札として出してきた『四つの禁忌』ですら例外じゃない。
多大な犠牲者を出しながらも、必ず勝ち続けるだろう。恐ろしいことに、私たちはそれだけの戦力を持っている。
あらゆる権力をも捻じ伏せる、圧倒的な暴力を。

そうだとしても、私のやることは変わらない。
仲間を守り続ける。たとえ私たちが、圧倒的な暴力を振るう存在だとしても。

覚悟を決めろ、祟鬼漬クロガネ。
きっと、いや絶対に、ここからの戦場は生半可なものではない。
おそらく、たくさんの死者が出る。親しかった彼や、彼女が死ぬ。
どれだけ守りたくても、守れない命が出てくる。

肩の力を抜けと、気負い過ぎるなと言ってくれた人がいる。
気負い過ぎると、守れない命がある。迷い過ぎると、助けられない人がいる。
このままでは、きっとそうなる。そうなってしまう。

迷いを捨て去れ、過去を払拭しろ、目の前のことに集中するんだ。
そうでなければ、私はただの『英雄気取り』になるだろう。彼女が言ったように。

……だから覚悟を決めろ、祟鬼漬クロガネ。

祟鬼漬クロガネが所有する移動式ガレージ内に設けられた小さな工房。

カタカタと音を鳴らす錆びた換気扇、プラプラと揺れる頼りない白熱電球。
古ぼけた大型テーブルに、軋みを上げる幾つかのパイプ椅子。
煤けた作業台の上には、不釣り合いなほどに新品なコーヒーメーカーが置かれている。

ここではパーツの製造のほかに、ハイドラの整備、点検、修理まで幅広く行っている。
訪れれば、やたら濃いコーヒーと一緒にぼそぼそのレーションを振る舞ってもらえるだろう。
……口に合うかは別の話だが。

この工房で作られるパーツには「黒鉄式」の銘がつけられるが、
読み方は「くろがねしき」ではなく「こくてつしき」だったりする。
でも工房名は「くろがねしき」、ややこしい。